一
カツコツカツコツ、と女性にしては早い間隔でヒールを鳴らしながら歩く私を通行人が何人も振り返り見る。
普段なら『見てんじゃねーよ』と少し眉を顰めて思うところだが、今はとにかく早く家に帰らなければいけないので、もう本当にそれどころじゃない。
気持ちに釣られて少しずつ足を踏み出す速度が上がっていく。
今日たまたま履いて来た低いヒールが功を奏し、明日か明後日ふくらはぎに筋肉痛が起こること請け合いだろう速度まで歩く速さが上がっていくのを「もはや、もう競歩じゃね?」と、自分にも聞こえないぐらいの大きさで口の中で溢しつつ、家路を急いだ。
予定があって急いでたわけじゃない。 逆に、予定がなくなったせいで急ぐ羽目になってた。
あー、いや違う。
根本的な原因は別にあって、でも予定が無くなりさえしなければ私はマサんちに行こうなんて思わなかったし、米粒ほども望んじゃいないあんな脳内ビックバンを引き起こすショッキング映像を見ないで済んだっ!
見たくなかったっ!
そう、見たくなかったんだよ、あんなの!
あんなっ、あんな…、彼氏と男友達の濃厚セックスシーンなんてーーーーーーーー!!!!!!!
見たい?
みんな見たい?
彼氏の浮気現場って見たいもんなの?
どうなの、そこどうなの、ねぇ!
私の独断と偏見で言わせてもらうなら、否! 断じて、否!
確かに、知らないままで居たかったのかと聞かれたら「知らないままでいたほうが恐ろしいわっ!」と答えよう。
すでに五年も付き合ってたし、私的にはもうすぐ結婚するとまで思ってたから、もし知らないままでいてプロポーズされてたら、結婚しちゃってたと思うんだ。
結婚してから知るより、まだ今知ったほうが傷は確実に浅いっ!
けどね、それだけじゃない。
“知らないままでいたほうが恐ろしい”と思ったのは、それだけが理由じゃない。
だってだって、あいつ…!
あいつ下だった!!
信じられる!? 彼氏が下だったんだーーーーーーーーーー!!!!
びっちりバッチリしっかりクッキリ、わたくし目撃してしまいましたのよ、おほほっ、…目頭が熱い!!
結構ガチで倒れるかと思った…。
真純が見たら発狂して狂喜乱舞しただろうなぁ、替わりてぇ…。
遠い目をしながら『いやマジで、なんでマサんち行った、私よ…』と考えずにいられない私は、相当怪しいと思う。
不審者に間違われて通報されないことを祈りつつも、MAXで動いてくれている我が足に頑張れとエールを送る。
――ガチャガチャ、キーーっ、…バッタン!
今時あまり見ないご近所さん付き合いをちゃんとする派の若者(って言っていいよね?まだ二六歳だし)である佳絵は、そこまで壁が厚くないこともあって普段は大きい音を出さないように心がけていた。
が、タイムリミットまでの時間も短いし、どうせ今日でこの部屋ともお別れしなければいけないのでご近所付き合いもクソもない。
なぜかって?
そりゃあんた、彼氏も此処に一緒に住んでるからだよ!
うう~、唯一の救いは同棲してるこの部屋で濃厚18禁が展開されていなかったことだけだよ、ホントに良かった。
まぁ何処で展開されてようと、あんな濃厚な絡みを見ちゃった後で一緒になんて住めないけどね!
んっ、その場面を自分は見てないから判断できないって?
え、えっ? 私にその場面の話しをしろと仰るの?! あんたは鬼か鬼ババか!!? 心の整理も出来てないのに話せるか―!
って、そんなことやってる時間ないんだってば!
ヒロムが帰ってくるまでに出て行く準備が終わってないと面倒くさいし、そもそもあのアヘ顔を見た後に顔なんて見たくねぇんだよぉーーー!
とりあえず今帰ってこられても困るし、出て行く準備をするためのタイムリミットを伸ばすためにも、わたくし誠に遺憾ながらまだ彼氏であるヒロムに電話したいと思いまーす!
こうなったら、出るまで掛け続けてやんよ!