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流水の勇者  作者: ユウ
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プロローグ


第1章



生きたい。

水木零(みずきれい)はそう願っていた。

彼女を射ち殺さんとする銃弾が迫ってくるのをピクリとも動けずに、貫かれるその瞬間まで見ていた。


何でもない日常の一コマ。

つい先日、銃を所持した男が逃走しているとニュースは警察を批判しながら言っていた。未然に防げだのと文句を垂れるテレビを馬鹿らしいと鼻で笑った。そんなことができたなら、この世に犯罪はなくなっている。麻薬取引やテロ行為、戦争だってやりようによっては未然に防げる。やらないのは金銭の問題や国際関係などというしがらみからくるものだ。


今回の事件だってそうだ。どうやって手に入れたのかなんてわからないけれど、犯人はしがらみをくぐり抜けて手に入れた。言ってしまえば『未然に防げた』出来事だ。

くだらない茶番のような話である。ただ何処かわかりやすいところにヘイトを集めたいだけなのだ。


零は大したことを覚えてはいなかった。犯人がどういった人物で、どういった経緯があるのかなど興味すらなかったからだ。朝のBGM代わりの単なる雑音と変わりないテレビの声。

すぐに捕まると誰もが思い、零自身も数日とかからずに犯人は捕縛されてそれで話は終わりであり、それはテレビの中の出来事だと思っていた。零にとって、それは現実とは何の関係もない事象であり、それ以上の感慨も湧くことなく記憶の片隅に消えていった。



彼女が死ぬ瞬間まで。



彼女は運がなかった。学校の帰り道でアイスが食べたくなりコンビニに向かっていた。何のアイスにしようか。バニラもいいけれどすっきりとした柑橘系の物もいいかもしれない、なんて年頃の女の子らしい思考を巡らせながら自身の財布の中身と頭の中で相談を重ねていた。

そんな時、路地裏でうずくまる人を見つけた。体調が悪いのかと心配になって声を掛けてみると、その手には鈍く光る拳銃があった。

一見おもちゃかと思った。当たり前の話だ。零は生まれてから一度だって拳銃を見たことがなかった。そんなものはアニメやドラマの中の遠い世界の産物だ。

だが、本物だと確信することになる。持ち主の顔を見た瞬間、恐怖で体が動かなくなった。


「み、みみたなっああ、ああ! ああぁぁああ!!!」


狂気的な、血走った目で睨み、怒り狂ったようで怯えた声で叫び、震えた指で銃口を突きつけて引き金を引く。まるで映画のワンシーンだ。これでもしヒロインであったならヒーローが救いに来てくれたり、特殊な力でかわすことができただろう。

しかし悲しいことに、彼女は普通の人間だ。


悲鳴すらもあげることができなかった彼女は、テレビの一コマとして一時期は取り上げられることだろう。警察は何をしていたのかとまた典型的な警察への批判に、関係のあるかないかもわからないようなアニメなどの事をあたかもこの事件のきっかけであったかのように面白おかしく捉えながら。零の死ではなく、零を殺した人物と、その周りの環境をメインにして。


零のことなんて、すぐに誰もが忘れていくことだろう。それは零自身がBGM代わりとして流れるニュースを当たり前のように聞き流して、時折哀れな事件に耳を傾けては同情と哀れみを向けながら朝食を摂る。零の日常と変わらない。

自分とは関わりのない世界の話なのだ。

誰が平和な日本で幸福を甘受しながら見知らぬ他人が死ぬたびに涙を流すことができるだろうか。可哀想に、運がなかったという程度だろう。犯人を最低だと罵ることは出来ようとも、それ以上の干渉は出来ないだろうし、遺族ならともかく他人であるならばする気も起きないだろう。

例えそれが神であったとしてもだ。


例をあげよう。カンダタという男の話を知っているだろうか。芥川龍之介の児童文学小説である『蜘蛛の糸』に出て来る地獄に落ちた罪人だ。

泥棒のカンダタに釈迦はこの男に手を差し伸べる。それは彼が一度だけ行った善行に免じて一度だけ蜘蛛の糸を男に垂らして救いのチャンスを与えようとするのだ。

物語の最後はカンダタが自分だけ助かろうとし、周りを蹴散らして結局糸は切れて元の地獄へ堕ちていく。そんなカンダタを浅ましく思ったのか、釈迦は悲しそうな顔をして蓮池から立ち去った、という話だ。


哀れみはするものの、それで終わりだ。

これは神が悪いという訳ではない。むしろ手を差し伸べる慈悲のある話として捉えるべきだろう。しかし、カンダタは、人間は与えられたその慈悲すらも手から溢れ落としてしまった。釈迦はだからこそ悲しみ、そうして人間の欲深さに目をそらして立ち去ったのだろう。所詮人間の解釈でしかないが、これ以上の干渉をしないのは結局釈迦にとってカンダタは他人であるからだ。


釈迦もかつて、人の身でありながら神に登りつめた男であるのだから。





もし、これがテレビの中の出来事であったならば、水木零はモブキャラで、これから全く違う何かの物語が展開していくことだろう。例えば推理小説、刑事ドラマといったところか。

水木零は彼女の人生ですら主人公にはなれなかった。そんな性質じゃないとは彼女自身知っていた。くだらない、普通の人間だ。普通に恋をして、結婚をして、子供を作って、なんて、そんな未来を漠然と考えるくらいには平凡で、ありふれた人間だと、本人もちゃんと知っていた。





今日死ぬのは水木零じゃなくても良かったことも理解している。






目の前の光景が真っ白に染まる。ぱっと全てが白に包まれた後、彼女は海に漂うように意識の海に溺れた。





















青い海の中、水木零は深く深く沈んでゆく。けれど息は苦しくない。ひたすらに透明で、空の色を映し出した青の中に、解放されて心地で漂うのだ。


指の先から足の先まで心地のいいくらいに力が抜けて、息を吸うたびに身体中が水で満ちていく。しかし一向に苦しさなどは感じない。寧ろそれどころか本来彼女にとってそうあるべきものだったかのように身体に染み渡っていった。


心地よい。

満ちていく水にそのような感想すら抱いた。 母なる海とはまさにこのことなのだろう。母胎に抱かれるような安心感に目を閉じる。すると誰かの手が彼女の頬に触れた。

目を開くと、青い目をした美しい人が零に触れていた。頬に手を添えながら、真珠の涙を流して零の頬にキスを送る。


「ーーーーどうか……


あなたは……」


声にノイズがかかる。それ以上の言葉は聞こえない。

待ってほしい。もう一度、いや、それ以上に聞きたい。


あなたの名前は?



「わた、ーーーー」



声はもう聞こえない。零の頬からは彼女の手は離れ、遠ざかった。


彼女から零れ落ちた真珠を手に取ると、すっと消えていってしまった。












目を見開くと、世界は色を変えていた。

西洋調の真っ赤な絨毯に、赤く光る魔法陣。視線を上げると、周囲にはまず目に入るのは、分厚い本を片手に、白衣を纏う学者風の男が数人。そうして次に、槍や剣を手に鎧やマントを纏う屈強な男性が複数人。華美で豪華絢爛とでも形容すべきいかにも貴族な男達が数え切れないほど。


そんな中で、一番目を奪われる男がいた。その先にはまるで王座と言わんばかりの豪奢な椅子に腰掛けた、これまた豪奢なベルベット生地のコートにベスト、マントを羽織って似合わない王冠を被る、いかにも王子と言わんばかりの見目麗しい男性が笑っていた。


「ーーーー名は」


美しい男だ。そしてこの人に従っていたなら間違いないと思わせるカリスマを持っている。零自身、心を掴まれるような感覚を得た。金糸の髪から覗く冷徹なブルーアイ。けれどもその瞳からは冷たさを感じさせないほどに顔は穏やかに笑みを湛える。それでいてこのカリスマ。まさに王子様といった雰囲気だ。


その男は視線が合うと一言そう問うた。生まれながらに命じる立場でいたのだろう。彼は当たり前のように零に命じた。そうして、零はその瞬間におかしなまでに確信を持った。先ほど感じたものとは、全く違う感情だ。


「ーーーークオン

雛岸クオン」


この人物を信用してはいけない。

現に意味のわからないこの状況の中で何を信じろというのだ。信じてはいけない。信じるな。零の本能は幾度もそう訴えかけた。

そうして零はそれを信じた。

咄嗟に口に出したのは、彼女が朝に読んでいたファンタジー小説の主人公の名前であった。

どこにでもある剣と魔法の冒険物語。零はそう言った小説が好きなのだ。その中でも今朝手に取った小説は、特に主人公の男の子を気に入っていた。『雛岸クオン』決して主人公らしいとはいえない脆い人間だ。そんな主人公が必死にもがいて足掻いて、努力を繰り返す姿は零の目にはとても好ましく映った。

自分にないものを持つクオンの名前を借りる。それは間違いなく零にとっては意味のあることだった。


零が名前を口にすると、学者風の男達はボソボソ何かを話す。その声はよく聞き取れなかったが、それよりも今は目の前の敵から目が離せなかった。

目の前の玉座に座る男に対して、恐怖すら感じた。いっその事、できるだけ遠くに逃げてしまいたい。



「ようこそ、勇者クオン

我がアルシュハーツを救う為、この世界の為に来た勇者よ」



その男は心底嬉しそうに笑う。紳士的な顔で、悪辣な笑みを浮かべながら。



初心者作者の話を読んでくださってありがとうございます。シリアス目の話で書いていく予定です。

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