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壱話:妖怪旅館へようこそ

牛見高校


「なあなあ、芦屋って温泉街に住んでるんだよな?」


「あぁ、うん。 東京からこっちきたときから住ませてもらってるよ」


俺の友人は既に知ってることを確認すると、身を乗り出して尋ねた。


「ならさ、オススメの温泉教えてくれないか? 明日の休み家族と行くことになってさ」


「湯治なら快気苑をご贔屓に」


俺は決めている言葉を告げ、相手の言葉を待つ。


「またそれかよ。 あそこ高いじゃねえか」


「今なら家族割引と兄弟割引が同時に使える裏ワザと比較的値段の安いワケあり部屋がご利用出来ます。さらに、今ならこの社員特別割引券を使って9800円ポッキリ」


「一万円切るのか……。 あのサービスで……相談してみんよ」


相手はそう言って俺の手から割引券を取ろうとしたところを、ひょいと避ける。


「タダではやらないよー」


「なっ!? ……昼飯奢るよ」


「頼むぞ〜」


*****


学校からバスを乗って温泉街を散策し、快気苑に帰ると店の前でなにやらオロオロしている女性がいた。

年は俺とさほど変わらないか、少し年下くらいか。


ともかく湯治客かもしれないので無視はできない。


「どうかしましたか?」


声をかけると彼女はヒェッ!? と悲鳴をあげた。 つらい。


「あ、いや、その……すいません。 旅館探してるんですけど……怪奇苑っていう場所なんですが」


「……」


「えっ!? あ、その……」


俺はジッとその手の手紙と彼女を見つめて、ようやく合点がいった。


「なるほど。 はい、ここが怪奇苑ですよ」


「え? でも漢字が……」


「いいえ、合ってますよ。 とにかくこちらへ」


俺は彼女を手招きして、裏玄関から入った。


*****


「帰りました〜」


俺が声を上げると両の足がグッと重くなった。


そして数分後、金髪の少女がやっとのことで現れた。


「おう、芦屋おつかれ!」


「それより、この子って前に言ってた新人の子ですよね。怪奇苑の」


「ああ、そうだ。 ちょっと待て。今、怪奇苑に連れて行ってやろう。 おい芦屋。 名札を貸してやれ」


急で狼狽える少女に簡単に謝りながら俺の名札を握らせる。


「これ、二人同時で出来るんですか?」


「多分な。 まあ失敗しても死ぬことはあるまい。 そんなことがあっても閻魔に交渉つけてやる」


そう言いながら金髪の少女は壁に掛かっている釣鐘を叩いた。


……

…………


「え? これはどういう……」


「おい、芦屋。 目を開けていいぞ」


「ふぅ……慣れないですね」


足元の蛍光灯は青白い行灯に変わり、赤い絨毯は全て取り払われて木材の板床になっている。


館内だけでなく、外を見ても街灯が灯篭になったりアスファルトの道が砂利を敷いただけとなっているし、そもそも妙に薄暗くなっているのはさっきと比べて一目瞭然だ。


「さて、ここがお前が言う怪奇苑だ」


彼女は言葉の主の姿を見て驚き、あっと声を出す。


金髪の少女の髪の間からひょこっとキツネの耳がはみ出していたのだ。


「えっ、その……怪奇苑ってなんなんですか?」


「妾は疲れた。 その人間に聞け」


「ええっ!?」


キツネの少女はそのまま欠伸をすると、その場から煙になって消え去った。


「まあ女将さんああいう人だから」


「女将さんだったんですか!?」


「ああ、うん、さっきの人は玉藻(たまも)さん。 ここ怪奇苑の女将の九尾だよ。そういえば俺の自己紹介もまだだったね。ごめん。 俺は芦屋晴明(あしや はるあき)、歴とした人間なんだけどここで働いてる」


「は、はい。 私は……(なつめ)です。 座敷童子なのであまり世間には疎くて……」


座敷童子か……。 この子よく家を出てこれたなぁ。


「あの、怪奇苑ってどういうところなんですか?」


「ん? あー、簡単に言うのは難しいんだけどいい?」


「はい、構いません」


「……大まかに言えば人間と妖怪の両方をお持て成しする旅館かな。 元々マヨヒガだったところを再築したものだから働いているのは俺以外みんな妖怪なんだけど、人間界での評価はかなり高いんだよ? 雑誌とか5つ星で取り上げられて……これはまぁいいや。 とりあえずこんな程度で説明はいいかな」


言い切ると棗さんは俺の目をじっと見てきた。


「……えっと、一気に言いすぎたかな」


「あっいえ! こう見えて話を覚えるのは早いので大丈夫です! ただ質問がありまして……どうして先程目を瞑ったのですか?」


ああ、なるほどね。


「女将さんからの言いつけだよ。 『貴様には、この時妖異幻界怨霊怪異に耐えるほどの(たましい)をもっていない。 目を閉じ、指を隠し、常世から隔離された状態になれ』みたいなこと言われてね」


まあ常世から隔離なんて難しすぎるんだけど。


「さてと、とりあえず旅館に上がってよ」


そう言い、俺は一歩進もうとしたとき足の重さを思い出した。


「……芦屋さんどうしました?」


「……忘れてた」


俺は両足に近くの空間を掴むようにして、そのまま引き剥がした。


「あぎゃっ!」


「うひゃっ!」


「えっ……イタチ?」


棗さんは突然現れ地面に放り出されたイタチのような生き物二匹を見て不思議そうに声を漏らした。


「りこさん。おぼこさん。 足に引っ付くのはやめてください。 っていうか掃除はどうしたんですか」


俺が尋ねると目の前のケモノ二匹は人間の姿へ変えた。 片方は若い女の子、もう一人は年上のお姉さん風だ。


「風呂掃除の時間じゃないもーん暇なんだもーん」


「後輩弄りくらいさせてくれてもいいじゃん。 嬉しかったでしょ? 女の子が足元に擦り寄ってくるの」


「……とりあえずズボンの裾の端あげますから帰ってください」


俺はズボンの裾の裏の布を切り取り、おぼこさんに渡した。


「やったー! リコちゃん部屋いこ!」


「ええっ!? ……もうなんでおぼこちゃんそんなの集めてるの?」


遠くへ歩み去る二人を見送り、俺も旅館に上がった。


「え、えっとさっきのは?」


「風呂掃除のおぼこさんとりこさん。 ああ見えても二人とも先輩だからキツく言えないんだよね。ちなみに年の若い方が臑劘のりこさんで、年上に見える方がオボのおぼこさん」


「挨拶しそこないました……」


落ち込む棗さんを慰めるように言葉を告げる。


「まあまた会うと思うよ。 そもそも全員に自己紹介するのは大変だろうし、挨拶回りはしなくていいけどね」


「え? でも……」


「そもそも表と裏が同時経営している旅館なんだから、なかなか全員に会うのは難しいよ。 女将さんでも全員把握できてないし」


「ええっ!?」


まあ普通の反応だ。うちがおかしいだけなのは理解のうちである。


「とりあえず、そこの部屋が女子更衣室だからこれに着替えて。 棗さん、そもそも浴衣だから問題はないと思うけどね」


「は、はい」


俺は棗さんに従業員服の入った紙袋を渡して、自分も着替えるために男子更衣室へ入った。


*****


「棗さんは仲居さんをしてもらうから俺の手伝いして覚えてくれるかな」


「はい。 芦屋さんも仲居さんなんですね」


「うーん男だから仲居じゃなくて番頭だけど、やることは基本同じだよ」


着替え終えた棗さんに、初日は俺の仕事の手伝いをしてもらうことにした。


「まず湯治客に挨拶をしに玄関へ行こうか」


「え? でも夕方ですよ?」


「黄昏、逢魔ヶ刻は沢山妖怪のお客さんがくる時間だからね。 人間と一緒の視点で考えない方がいいよ。 ましてや棗さんも妖怪なんだから」


「は、はぁ……」


玄関に辿り着くと既に数名の仲居番頭が待っていた。 女将さんはまだきていないらしい。


「ハルくん学校お疲れ」


「お疲れ様です、(りん)さん。 ……棗さんは俺の後ろに立っててね」


俺は声をかけてきた背の低い先輩に挨拶をしてそのまま隣に並んだ。


「もしかして例の新人の?」


「あ、はい! 座敷童子の棗と申します」


「へぇ座敷童子は引きこもりが多いと聞いたけど、こういう子もいるんだね」


「先輩、言い方。 座敷童子は引きこもりじゃなくて家を不幸にしてしまうから出られないんですよ」


俺が注意をすると、先輩は頬を膨らました。


「むぅ……。 まあでもごめん」


「わ、私は大丈夫ですよ?」


「私は見越し入道の(りん)。 だから坂道とか階段とかで見上げないように気をつけてね? 私自身普段は背を低くしてるから基本的にはそんなにないと思うけどね」


「見上げ……はい、気をつけます」


こういった感じで一人一人妖怪の特徴が仕事の足枷になることがある。

そういうときに対応できるようにするのが、俺の人間としての仕事だと思っている。


「そういえばハルくん……芦屋くんのことどう思う?」


「……え? いや、すごくしっかりしている先輩だと思いました。 なんでも知ってますし、すごく気を遣ってくれますし……」


「そっか……大体まあそうなんだけど、それ猫かぶってるよ」


「えっ?」


冷や汗が伝う俺の額。 余計なことは言わないでくれ、先輩。


「私、芦屋くんの教育係だったんだけどさ、そりゃまあ最初は凄かったよ。 襖は破るし、湯治客に喧嘩売るし、風呂掃除サボって翌日ぬるぬるになってたりしたし……」


「えっ!? 芦屋さんが?」


「まあでも、今でさえ種族の違う妖怪旅館の仕事を頑張ってくれるし、旅館の知識だけじゃなく私たち妖怪の知識も学んだその上、その能力を生かした仕事の振り分けとかもしてくれるようになったけどね」


……余計なことを言わないでくれよ。


「……でも芦屋さんって人間ですよね? その上学生ということはそんなに長いわけでも……」


「そう。 彼、あれだけ先輩風吹かせていて実はまだこの旅館で働いて一年も経ってないんだよね。 えっと9ヶ月?」


「……6ヶ月ですよ。 まだ半年です」


ボソッと小声で答える。


「は、半年なんですか……。 てっきり凄くベテランなのかと……」


「ほんといつからこんなになったのかなー?」


「……臨さん、ほらバス来ましたよ」


俺が言葉を遮ると駐車場に火輪車が組み合わさって出来たバスが入り、そこから客が出てくる。

幼い頃に見た少し怖いアニメ映画のシーンのようだといつ見ても思う。


俺はその間に、面紙を付けておく。

これは人間に不信感を持つ妖怪の湯治客に人間とバレないようにするためのものだが……あとで不思議そうにこちらをみている棗さんにも教えることにしよう。


さて、妖怪旅館『怪奇苑』の仕事の時間だ。

・九尾

一般的に妖狐と呼ばれる狐の妖怪の中でも、九本の尾を持ち、長年生きた妖狐の最終形態と言われている。

悪しき霊的存在や平和な世の中をもたらす吉兆と言われたりと諸説さまざまではあるが共通して継がれているのが『絶世の美女に姿を変える』ということである。

昔からロリのじゃ狐っ子は重宝されたんやね。


・座敷童子

主に岩手県で伝えられている精霊的存在。座敷や蔵に住みつき、家人に悪戯を働く、見た者には幸運が訪れる、家に富をもたらすなどの伝承がある。

そのため、座敷童子が出て行くとその家はみるみる衰退してしまうと言われている。だから決して引きこもりではない。

また5〜13歳くらいと一般的に言われているが本作ではちょいと熟れて16歳くらいと思っていただければ。


・マヨヒガ

妖怪作家で有名な柳田國男先生が広めた東北、関東地方に伝わる、訪れた者に富をもたらすとされる山中の幻の家。いろんな説があるが共通して空き家だと言われており、その家の中の宝が富と言われている。 完全に不法侵入及び窃盗。 また、遠野の山中の川から流れてきた食器を追いかければ辿り着くと言われてたりする。


・臑劘

岡山県に伝えられる妖怪で、人間の歩行を脛に体を擦り付けて邪魔するみんな大好きすねねここすり。 しかし、猫の姿なのは水木先生が描いたものだけらしく、本当は犬に近い見た目をしている。妖怪大戦争でも可愛い、ヒロインか。


・オボ

群馬県に伝えられるイタチのような姿の妖怪。 臑劘と同様人間の歩行を邪魔するが放っておくと歩くどころじゃなくなるので、刀の下げ緒や着物の裾を切ったものを与えれば足から離れさせることが可能。

ちなみに、新潟県にもオボという妖怪がいるが、それは脳髄を食らう犬のような妖怪であり全くの別物。違うにしても程度というものがある。


・見越し入道

夜道や坂道の突き当たりを歩いていると、鉈を持った僧の姿で突然現れ、見上げれば見上げるほど大きくなる。またその反対に頭から下に向かってみていけば低くなるという。「見越し入道、見越した」「見越した」と言えば消えるが、先に「見越した」と言われたら死んでしまうという。サイズフェチ界隈ではgrowthと呼ばれるジャンル。

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