29-青の君
金縛りなら身体が硬直したように動かしたいけれど動けない、だけど、今は…今は…全身が脱力した感じだ。海の中で漂っている感じもしない、何も感じない。何も感じなかった。
なんだこれ、なんなんだよ。
意味がわからない、足掻け無いと言われていた理由がわかった。わかったが、この状態…どう考えても私は何も出来ないままなんじゃないか?
目の前の巨大の狼は私達が何も出来ないのがわかったのか、ゆっくりと恵那の方を向く、恵那はただひたすら斬ろうとしていた。しかし、変わらず届かず素振りをしてるようにしか見えなかった。歯を食いしばり、叫び、眼には涙を浮かべそうな表情を浮かべていた。
「くそっ!くそぉぉ!!!届け!届けぇぇぇ!!!!」
巨大な狼はゆっくり口を開けた。獰猛な牙が見え、その瞬間恵那は後方に吹っ飛んでいった。そして口を閉じ、こちらを向き直した。何をするんだ?
巨大な狼は、光に包まれ人型になり、青黒いローブをまとった人になっていた。狼の耳が頭から生え、しっぽも生えているのがローブの横から出ていてわかった。眼は青く光っており、私達を見ていた。
彼なのか、彼女なのかわからない中性的な顔立ちだった。
「全てが済んだ後、無事に返す」
声からして男だとわかった。両手には全部の指に指輪が嵌められていた。装飾も施されてなく、抱え込むような形から手を広げると本が現れた。
本は勝手に開き、パラパラとめくられていた、それもずっとめくられ続けていた。本の終わりまで行かない本?
私達はいつの間にか中に浮いていた。そして、クリスタルみたいな中に閉じ込められた。
「何すんのよ、何なのよ!!!」
私は言葉を発する事が出来た、眠兎は気を失っているのか、眼を閉じたまま微動だにしていなかった。このクリスタルみたいな中だと動けなくなるのかと思い彼女のバイタルチェックをしたら健康状態で普通だった。
「やはりお前は特殊だな…まあ、いい」
彼は手を合わせるように本を閉じると本は消えた。そして、周りの景色がガラリと変わっていた。さっきまで居た霧の中ではなく、宇宙のような中にいた。
距離感も上も下もわからない、空気があるのか、わからない場所だった。私が人型でここにいたら圧倒的な開放感の中で落ちるという感覚が身体を襲い、恐怖するだろうと思った。
「な、なにここ!?ちょっと、どこなのここ!」
いやリビングアーマーでも充分怖かった。何か喋ったりしたり、相手が何考えているのかわからなくても何をされるのかわからなくても何か口に出してないと不安だった。
「ここはさっきまでいた世界とは違う異界だ」
「異界?なにその異界って何もないじゃない」
私が何もない、そう言うと彼は笑った。
「何もない?はははっ…全てある。ここには全てある」
先が見えないほどの真っ白い床が突如現れて、さっきまでの宇宙空間でなくなった。何もない白い部屋、部屋と呼べるのかわからないが真っ白い空間になった。ただ、床があるのだけはわかった。
そして、白い床から長方形の紙が吹き出し、そこにはどこかの景色から文字、動画、様々なことが描かれたもの出てきた。その中に、現実の私が写っていた。
「え、私・・・?」
「ここは全ての情報がある場所、記憶、想像…永遠に更新され続けるデータベースだ」
この男は周りを見渡し両腕を上げ、振り下ろす。さっきまで舞っていた長方形の紙は地面に落ち、座れていった。
「あんた、何者なの?」
「僕は、さっきまで君がいた世界を人格化した存在…人は神と呼ぶ」
ケモミミしっぽ有りの青年、中性的な容姿がドヤ顔ではないけれどもキメ顔で言ったその姿は決まっていた。決まっていたが、なんだかさっき戦っていた威圧感的なものはなかった為、痛い奴にしか見えなかった。とはいえ、ユーリのおっさんに事前に聞いていた事だったので、本人の口から聞かされるとそうなのか、と納得せざるを得ない。
「信じられないだろう、神なんて呼ばれていたりするが僕は神だと思ったことはない。そもそも自分が何者なのか…この世界に記されている。その前に僕が今までどういう存在だったのか語ろうか」
彼の後ろの地面からシャボン玉のように球体が浮かび上がり、その中に映像が流れる。
「何千年を何万と繰り返してきた…冒険王、魔を統べる者、勇者、魔王、英雄、至高の者、世界王、破壊神、叡智、大神、様々な呼ばれ方をしてきた」
言葉を紡ぐにつれ、今のような無感情な表情を浮かべている彼とは違う、表情豊かな彼がシャボン玉の中に映像として流れている。笑ってる顔、泣いてる顔、憂い顔、絶望している顔、様々な表情が映しだされていた。目の前で同じ人物とは思えなかったからだ…今は表情がごっそりと抜け落ちていた。何万回と繰り返した先に見た絶望なのか、瞳には光が宿っていなかった。
レジンで作られた透明感に光はなく、ガラスのような透明さと繊細さが私の心に突き刺さっていた。彼は…もしかして―
「世界を何度救えばいい
世界を何度平和にすればいい
世界を何度発展させればいい
世界を何度破壊すればいい
世界を何度記録すればいい
忘れられないんだよ、世界が終わる最後の日の人々の顔が、叫びが、涙が…その絶望を無くすために、僕が苦しまず恐怖を感じさせないで殺した事も何度もある。何度も…何度も…生きるものを全て滅ぼした事もあった、でも何も変わらなかった。
何度も何度も作り上げれば壊され元に戻る。いっそ地形から変えて作りなおしても元に戻る。世界を何度も人々の理想に導いた、時には傍観者になり、見守る者になったりもした」
語られる中で多くのシャボン玉が浮き上がり、彼の今までの軌跡が描かれていた。世界が繰り返される度に嘆き、終わる時に泣き悲しんでいた。そこには家族がいたり、友がいたり、民がいたり、動物たちに囲まれていた。
「手に届く範囲から幸せを、人の笑顔を守った世界は崩壊した。建国し、国を統べて全ての国同士を改善し世界から戦争と混乱をなくしたが世界は崩壊した。種族間問題、食糧問題、経済問題、あらゆる問題を…問題を解決し彼らにも解決出来るようにしてきた。だが、世界は終わった。
何度繰り返される中で同じ人はいなかった。似たような人はいたが同じ人はいない、出会いは一度、やり直される世界ではなく、無慈悲に理不尽に世界は終わり続けた。
僕はこの繰り返される終わりに終止符を打つ、そしてその方法を見つけることが出来た。私は不死者だ、死という概念そのものがない、消滅すら出来ない存在だ。そんな僕は生きるということが何か感じ取ってしまったことで永劫に繰り返されるこの世界の希望、絶望、喜び、悲しみ…必ず悲痛で終わり、何もなかったかのようにまた始まる世界を終わらせる」
彼の後ろには数多くの世界が崩壊していく時が流れている。いずれも終わる時は呆気無く、人々は絶望し神に祈っていたり、泣き叫んでいたりしていた。そして、全てがなくなった後に光が発し、世界が構築されなおされていた。
その都度、彼の意識がそこにあるのか人、動物、獣人、モンスター、など様々な形で生まれなおしていた。最初の方の記憶なのか、泣いてる姿、使命感を持っている姿、だが後なっていくにつれてその表情は段々となくなっていってるのがわかった。
「僕はこの連鎖を断つ、そのためにやっとここまでこれた。宿命の鎖が編み合わさり、運命の輪が廻った。人の思いが、この世界とって異物を入れる事で世界は終わる」
彼の眼からは涙が流れていた…悲願だったのだろう。
「世界がなくなれば僕という存在は無くなる。終わりの連鎖を解き放たれる、数多くの転生者、不老不死者、異世界の神になったもの…彼らの多くはいつ自分を消滅させるのかわからず苦悩の先に世界の礎になった―」
背後に浮かび上がっていたシャボン玉が消える。彼は振り向き、手をかざしながら何もない空間に問うた。
「僕は何者なんだ?異界よ、教えてくれ」
“ブルーシェント=オスカー・ドロワ・ディアン、カラーズのブルー、青の君―”
「あははは…あはは…あーっはっはっはっはっはっ!!!!」
壊れた笑い、両手で自分の顔を覆っていた。その隙間から涙が流れているのがわかった。笑い声は次第に嗚咽と代わっていった
「さぁ、エンディングの始まりだ」




