煩悩その008「BOZZ、ニートのバイト面接現場へ行く」
今回はコンビニ店長になりました。
仏教・宋櫂宗の住職、大槻雲海は、コンビニエンスストア「ヘヴン・イレブン」のバックヤードで目覚めた。
「ここはどこだ。私はコンビニでおでんを選んでたはずだが」
≪雲海。すまん。今回はお前にコンビニの店長になってもらう≫
渦の中の低い声。
「ふむ。夢とはいえ、たまには、住職以外の仕事もいいかもしれない」
雲海は高校時代のコンビニのバイトを思い出し「久しぶりだな」と顎に手を充てた。
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午前10時40分―。
レジをパートの女性に任せ、雲海がバックヤードでしゃがみ込みながら在庫確認をしていると、ギターのハードケースを担いだ金髪の若者が入ってきた。
「あ、店長、おはざまっす。なんか店の前でバイト希望者が突っ立ってましたよ」
金髪の若者はそう言い、クチャクチャとガムを噛みながら、着替え始める。制服の名札には「冬貝」と書かれていた。
「ふむ。面接か。店長としての重要な仕事だな。よし、全力でやってみよう」
そう呟きながら、雲海はバイト希望者をバックヤードに招きいれようと腰をあげた。
「見るからに、オタクってツラでしたよ。店長、ああいうのは採用しないでくださいよ~ははは」
金髪の若者―、冬貝は言った。
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午前10時50分―。
バックヤード。
面接の若者の名は、柿手成夫。
35年間、一度も仕事をしたことがないという青年だった。
柿手は、面接中も、キョロキョロしながら視点が定まらない様子で、雲海がなにか質問するたびに下を俯き、小声でボソボソと応対するだけだった。
一方、冬貝は、スマホを見つめバイト開始時間の11時までの時間を潰しながらも、不慣れな柿手の応対を、意地の悪そうな目つきでニヤニヤと見ていた。
「ふむ。柿手くんについて履歴書上のことは、だいぶ分かりました。高校を卒業後ずっと自宅警備員、通称ニートというわけですね」
雲海は履歴書を読み終え、柿手を見つめる。
「はい。なんか、すいません」
柿手は頭を掻き毟り、そう言った。
「なぜ謝るのですか?あなたはこうして、一歩を踏み出した。始めるタイミングなんて、人それぞれです。私はあなたを応援してますし、採用したいと思ってますよ」
雲海は微笑む。
「ほ、本当ですか?」
「ええ。もっと柿手くんのことが知りたいです。何か趣味とかありますか?履歴書にはアニメ鑑賞、ゲーム、執筆活動…とありますが。執筆活動とは何でしょう?本を出された経験があるのですか?」
「いえ。出版はしていません。でもWEB上で…"ラノベ作家になりやがれ"っていうサイトで2年ほど作品を連載しています」
柿手ははにかみながら言った。
「ふむ。どういった内容なのですか?」
「異世界ファンタジーモノです。ブサオタのニート男が、本気で惚れたデリヘル嬢に子供の頃からのお年玉貯金300万を騙し取られ、絶望し、首吊り自殺して異世界に転生し、5歳くらいから天才的な魔法能力と、モテモテ要素を発揮して、気に入らない各国を攻めて攻めて攻めまくり、領土を拡大。あげくに世界中の美女を次々に妊娠させ、自分の子孫を増やしていく。現在、主人公のひ孫同士が戦争してますが、主人公は不老不死なので、高みの見物をしてるところです。僕が書いてるのは、そういった男のロマンをテーマにしたストーリーです」
柿手の目は輝いていた。
「ふむ。なるほど。少々、設定に感情移入できない腹黒いモノが見え隠れしますが、大雑把にみれば、夢があって素晴らしい内容ですね。ところで"ラノベ作家になりやがれ"っていうサイトはどんなサイトなんでしょうか?」
「自由に創作発表ができて、読者によってポイントがつくんです。ポイントが溜まるとランキングに乗って目立つ場所までいける…そしてゆくゆくは書籍化も目指せる夢のようなサイトなんです」
雲海の問いに対し、柿手は丁寧に答える。
「ああ、店長、店長。オレも知ってますよ、そのサイト。エターナル・アンフィニッシュドっていう人気アニメが好きで、その原作がそこにあるからっつーんで、何度か覗きましたけど」
クチを挟んだのは、冬貝だった。
「ほう。どのようなサイトなのか教えてください」
雲海は冬貝の意見も聞こうと、視線を向けた。
「作家きどりのニートと、毒舌評論家きどりのチェリーボーイ学生が馴れ合ってるサイトっすよ。作家サイドと言えば、みんなが皆、似たような話ばっか書いてて、クソ気持ち悪いったらありゃしない。一方の毒舌評論家きどりも、作文レベルの支離滅裂な批評で、鬼の首でも獲ったかのように誤字脱字だの、人物描写が甘いだのボロクソ言って、底辺作家を叩いてストレス解消してるっていう。マジ、ゲロ吐きますよ。ははは。つーか、てめぇら異世界、異世界うるせぇっつー話っすよ。そんな現実世界から逃げたいのか?って感じで。ははは」
冬貝は顔を歪め、吐き捨てるように言った。そんな冬貝を見て、雲海のこめかみがピクリと動く。
「おい…あんた。撤回しろ…作家さんや読者さんの悪口をそれ以上…言うな!許さないぞ」
柿手が、冬貝を睨みながら言う。
「あ?なんだお前。文句あんの?35歳ニートのクソ気持ち悪いピザデブが!お前もアレか?本を買ってもらったわけでもないのに、やけに低姿勢になって、へらへらと毒舌評論家きどりどもに、感想ありがとうございます、本当に感謝します。何でもいいから感想ください!それだけでオシッコちびるほど嬉しいんです!とか言ってやがんのか?書く方も、読む方も、お互いに趣味であって、対等な立場でありながら、毒舌評論家きどりどもを、神みたいに棚にあげて、そいつらを勘違いさせてんのは、お前みたいなクソ腰抜け野郎じゃねーの?自分に書いた内容に自信があんなら、ディスられた時にきちんと、反論するべきじゃねーの?作家サイドの低姿勢ぶりが気持ち悪くてしょうがねぇーんだよ!俺はよ!」
冬貝は声を荒げ、柿手に言った。
「あんたさ、クソサイトだっつー割には、けっこう詳しいじゃないか。あんた自身、サイトで作家活動してたんじゃないのか?…まぁ、いいや。それは置いといて…。あんたは…ラーメンよく食うか?」
「はあ?食うよ。それがどうした?」
「あんたは、毎回、毎回、同じラーメン屋で、同じメニュー食ってるのか?例えばそこの天下無双ラーメンと、駅前の福耳ラーメン。同じラーメンだからって、ひとくくりにしてんのか?あんたが言った、似たようなってのは表面の話であって、中身は作家さんそれぞれの個性が出ててるからこそ、面白いんだろうがよ!同じ素材とレシピ使って、100人のシェフが100通りの料理を出すから面白いんだろうが!それによ、異世界の何が悪い…」
「意味がわかんねーよ。どっか異世界にでも消えろ。店長、こいつ不採用でいいっすよ」
「お前が消えろ!このクソアホミュージシャンが!異世界の何が悪いっつってんだよ!!!」
柿手は泣いていた。
「お前…」
冬貝はどうしていいか分からないといった表情で柿手を見つめた。
「あんたは、いいよ!叶うか叶わないかは別として、そうやってバイト先までギター担いで、ミュージシャンっていう夢を現実で追い続けてるからな!だが、世の中の大半の人はあんたとは違う!学校や会社で辛い現実と戦いながら、非現実を夢見てんだよ!ある日、生まれ変われたらなって!こんな現実から逃げ出せたらなって!作家はその願望を叶えてあげるのが使命なんだよ!作品を読んでる間だけでも異世界に連れていってやるのが使命なんだよ!それの何が悪い!」
柿手は咆哮する。
「あ?しらねーよ。んなこと…」
冬貝はたじろいでいた。
「知らないなら、最初から批判するんじゃない!僕ら作家は、他人と同じ事をするために異世界を描いてるんじゃない!異世界モノの可能性を広げてるんだ!たしかにテンプレというものは存在する!だがな、それはあんたらミュージシャンだって同じ事だろうがよ!ほとんどの音楽はビートルズやレッドツェッペリンに通じてるんじゃないのか?それと同じなんだよ!このクソミュージシャンめが!」
柿手の怒りが爆発した瞬間だった。
「お前…ちょっとおかしいんじゃないのか?つーか、お前みたいなピザオタがビートルズ語るんじゃねぇぞ、こら」
冬貝は、柿手のエモーションについていけない、という風に両手を上げた。
「あんたが、しかけてきたんだろうがよ!うう…ぐやじい…おれが…おれが累計100位以内の作家なら、こんなクズ…こんなクズ、出版したサイン入り書籍でぶん殴ってやれるのに…ぐやじいよーう!2年間定期的に書き続けて、文字数にして500万文字。ブックマーク数2。総評価13ptっていう立場じゃなければ、こんなクソミュージシャン気取りに舐められずにすむのに…うううう」
柿手の男泣き。雲海はその肩を優しく叩く。
「お前さ。500万文字でブックマーク数2、って。それ逆に難しいだろ。ちょっと読ませてみろよ」
冬貝は、少し興味がそそられたのか。意外な申し出をした。
成り行きを静観していた雲海がクチを開いた。
「ふむ。まずは、冬貝くん。人それぞれ思うところがあってもいいとは思うが、それを全部、相手を目の前にして言葉にするのは間違ってると思いますよ。それによって傷つく人がいるなら、なおさらです。柿手くんも、そう感情的にならずに聞き流す心を持ちなさい。世の中は自分にとって都合のいい意見ばかりではありません。いちいち自分を否定する相手に反論してたらキリがありません。自分で自分自身を肯定できるほど強くなってください。そうすれば余裕もうまれ、こういった争いもうまれなくなりますよ」
柿手は雲海を見つめ「はい、そうですね」と言った。
「ねぇ、店長、そんなやつの味方するんすか?」
冬貝は、不服そうに言う。
「いえ。あなたの味方でもあります、冬貝くん。明日からしばらく、バイト来なくていいですよ。"ラノベ作家になりやがれ"で小説を書いて、ブックマークが3桁つくまで、バイトはお休みしなさい。これはあなたが多くを学び、人の苦労を知るための試練です。いいですね」
雲海は嗤う。
「店長…そりゃないっすよ。俺、こんな髪型だし、どこにも雇ってもらえないし(つーか書いたことあるけどブックマーク2桁なんだけどなぁ)」
冬貝がしょんぼりと呟き、肩を落とした。
「ならば、頑張って面白い話を書きなさい。言うだけなら誰でもできます。あなたも、そのクソ評論家と同じことをしてるのですよ。それに、実際に頑張ってやってみる事で学べる事もあるでしょう。…あと、そうですね。柿手くん。異世界モノファンタジーをもっと、うまく書きたいなら、いい場所に連れていってあげますよ」
「え?」
「異世界の取材です」
雲海が、柿手の肩を叩く。
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「では、まりゑさん。1ヶ月間。ヴァニシング・ファンタジーの世界で彼を鍛えてあげてください」
「はいよ!じゃあ、さっそく魔法の練習から始めるよ」
まりゑは、相変わらずセクシーな鎧を纏っていた。
「え…ええ…はぁ」
柿手は、まりゑが98歳の老婆だった事も知らず、その艶かしい尻に見とれていた。
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「ふむ。妙な夢だったな。私もなにか書いてみようかな」
雲海はコンビニのおでんを頬張り、コタツでひとり呟く。
≪やめておけ。雲海。お前の場合、1、2回ほど書いただけでエタって終わるタイプだ。なぜかって?無欲だからだよ。ポイントが少ない時期が何ヶ月、何年と続いてもひたすら書き続けるような貪欲なやつじゃなきゃ、続かないぞ≫
渦は言った。
だが、雲海の耳には入っていなかった。
雲海は「般若心境を唱えてたら異世界の王様になってたんだが」という、あまり面白くない作品を書き始め、投稿した。
2話以降、その話の続きが書かれる事はなかった。
次回、お釈迦様、妻子を残し出家の夜に遭遇して?