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煩悩その006「BOZZ、燃え盛る本能寺へ行く」

今回は本能寺の変に行ってみました。(諸事情でマリは出てきません!)

 仏教・宋櫂宗(そうかいしゅう)の住職、大槻雲海は、轟々と炎の燃え盛る寺の本堂で目を覚ました。天井や襖は形を失い熱気と化している。


「あちっ、あちち、ここはどこだ!…どこかの寺か…?しかし私の寺ではない。どこだ!あちっ、あちちっ」


≪天正十年、六月二日。本能寺の変だ≫


 渦の中から聞こえてくる低い声が、そう言った。


「ふむ。今夜、信長のドラマを観たせいでこんな夢を観たのだろうか、しかし、あちちっ!逃げねば」


 雲海が顎に慌ててそう言うと、隣室から低く「う~む、してやられたり!」と呻るような男の声が聞こえてきた。


 雲海は、そっとその部屋を、隙間から覗き見る。


「桔梗の紋に吉凶の兆しあり。そなたの言うとおりじゃったな、蘭丸よ。わしも、これまでか」


 隙間の向こうにいた面長の武将は、迫り来る火の手を意に介さず涼しい顔をしながら、寝巻き姿でそう言った。


「ふむ。これが本能寺の変と言うなら、あの風貌…。彼こそ信長に違いないだろう」


 雲海は熱気に汗だくになりつつ、かの有名な信長の肖像画を思い出し、呟いた。


 信長は今から自害するつもりなのだろう―。

 その右手には十字の槍が、左手には自害するための日本刀の本差が、握られている。


「お館様…来世でも、お慕い申しております」


 少女のような顔の小姓、森蘭丸が信長に跪いたまま言った。

 信長は満足そうに頷く。


「うむ。人生五十年…。光秀めにして、やられたわ」


 炎上する天井や柱を眺めながら信長は言う。その表情には清々しさすら感じ取れた。


「ふむ。お二人とも、よろしいでしょうか」


 大河ドラマさながらの場面に見入っていた雲海が、割って入った。


「貴様、なにやつ!光秀の手の手勢の者か!おのれ、この槍で串刺しにしてやるわ」


 先ほどまでの決意にも似た眼差しから一転。

 信長の眉間に憎悪の影が走る。怒りに震える十字の槍先を雲海に突き出し、どうしてくれようかと戦慄いていた。


「いやや、待ってください。信長さま、私めは雲海。大槻雲海と申す者、僧侶です」


 熱風を払うためか、否定のジェスチャーか、雲海は両手をパタパタさせながら言った。


 森蘭丸は雲海を怪訝な顔で睨んだまま、微動だにしない。しかし右手には脇差が握られていた。

 一方、信長は、フンと鼻を鳴らすと、雲海の頭の上から足の先までを舐め回すように見て嗤った。


「なに?僧侶だと。ふはははは!これは良い。わしの死に際に、拝み坊主まで寄越したか、光秀め!まことにこざかしい!ふはははは!」


「い、いや。明智殿は関係ありません、どうかその槍を収めてください」


 雲海の言葉に信長は、静かに頷いた。


「よいよい、お主が誰であれ、今更その首を獲ろうと気は晴れぬわ」


 信長は槍を床に放り投げた。カランカランと音を立てて転がった先で、槍の柄の部分に炎が燃え移る。


「感謝いたします。お二人とも、もし良ければ…ここから脱出しませんか?」


「なに?」


 雲海の言葉に信長の眉が動いた。森蘭丸も跪いたままの姿勢で、成り行きを見守っている。


「よければ、私と一緒にこの渦の中へ飛び込んでください」


 雲海は頭上を指差して言った。

 信長は「渦」に気づき、わわ!と、二、三歩腰を引いたものの、すぐに平静を取り戻すと、森蘭丸の方を向いて笑いながら言った。


「のう、蘭丸よ、この渦といい、わしはこの坊主が地獄の水先案内人に思えて仕方ない!されど、こうした冥界の穴に引きずり込まれる前に、わしは、敢えて自ら飛び込もうと思う!お前も着いて来い」


 信長は渦を見上げ、少年のように笑っている。

 雲海はというと「信長公はこのようにして無邪気な笑みで小姓に話しかける御仁だったのか」と関心したように頷いていた。


「はい。私めは、信長さまと一心同体でございます」


 森蘭丸は言った。


「では参るぞ!坊主、案内せい!」


 信長は叫んだ。


「渦よ。夢の中とは言え、彼らを見殺しにする事はできません。明智の手勢のいないどこかへ私たちを転送なさい。いいですね?」


 雲海はそう言うと二人よりも先に、渦へ飛び込んだ。


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「ここはどこじゃ?」


 そこは昼間。

 渋谷のスクランブル交差点のど真ん中だった。

 駅前には人気ドラマ「信長戦記」の広告ポスターが貼ってある。


「信長さま!街が…巨大な箱がたくさんあります!しかも、あ、あれは何ですか、信長戦記とあります!」


 通行人が、法衣姿の雲海を含む3人を仮想芸人と思ったのか、不躾な撮影を始める。


「おい!渦。ここは現代じゃないか!ただ、外に逃がせばよかっただろうに」


 雲海は、頭上に向かって怒鳴った。


≪いちいち、うるせぇなぁ…雲海、お前がいると現代にしか戻れないんだよ。異世界と現実世界の場合、平行世界だから出入りは可能だが、現実世界の過去と未来では話は別だ。こっちに来てしまった以上、もう、こいつらは元の時代には戻れないぞ。お前が責任もって面倒みてやれ≫


 渦が答える。


「ふむ。困ったものだ」


 雲海は眉尻を下げ、考え込んだ。やがて「夢が覚めるまでの付き合いだ」と思い直した。


 信長と森蘭丸はビルだらけの街並、車、通行人の服装や髪型を見て「奇怪な!」と叫んでいる。


「ふむ。まずは、彼らからして、見るもの全てが奇妙奇天烈に思えるだろう、この2015年の仕組みについて1時間ほど説明しなければならないな」


 溜息が出た。

 そして思った。


「今回の夢は、聊か長すぎる」と。


 渋谷駅前の交番で警察官が身を乗り出して、雲海たちを凝視している。


「しまった!日本刀!」


 雲海は信長と森蘭丸の腰元を見た。二人とも、渦に飛び込む際、刀を本能寺に忘れてきたようだった。


 雲海は「夢とはいえ、すぐそこの交番の警察官に逮捕されなくて済んだ」と、そっと安堵の溜息を漏らした。


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「何…猿めが、あの猿めが…明智に謀反の手引きをしたとあるぞ!」


 信長が怒号を飛ばしたのは、渋谷駅近くの書店の歴史コーナーだった。


「信長さま…それは、ただの歴史を面白おかしく推測して書いただけの本で…」


 雲海は「織田信長、その50年の生涯と暗殺の真実!!!」という本を信長から取り上げフォローをした。


「ええい!うるさい!うるさい!うるさい!ここに書かれてる内容のほとんどに、思い当たるフシがあるわ!」


 信長の目は涙で濡れていた。

 家臣―明智光秀の謀反に加え、豊臣秀吉の陰謀を知り、深く傷ついていたようだった。


「ふむ。そうでしたか。歴史の真実とは案外、ベタですな」


 雲海は、夢といえど秀吉黒幕説の裏取りを、信長自らが肯定するという歴史的瞬間の目撃者になった事を僥倖に思いつつ、鼻を鳴らす。


「もういい!わしは、この時代で天下を獲ってみせるわ!猿めも、徳川も表舞台から姿を消した、この後の世で、わしが天下を獲るのじゃ!織田家の家臣の者どもの末裔を呼び戻せ!」


 信長は頭の切り替えが早い男なのだろう。

 後の世―未来での天下を転送後、1時間もしないうちに宣言した。


「ふむ。もう四百三十三年が経過していますので、捜索が困難だと思うのですが…」


「構わぬ!織田の世が再び来たと皆に伝えよ!」


 雲海は頭を抱え、天を仰いだ。


------------------------------------------


「お昼の生放送!歴史クイズでGO!の時間がやって参りました。今日はなんと、織田信長公の家臣!あの柴田勝家(しばた かついえ)の末裔である、柴田孫太郎(しばた まごたろう)さんにお越しいただいております」


 渋谷駅近くの巨大モニターは、テレビ番組を映し出した。


「きょ、今日は、が、がんばりましゅ」


 織田信長家臣の末裔、柴田孫太郎という名のよぼよぼの老人が、番組司会者に丁寧にお辞儀をする。


「お元気ですね~今年でおいくつですか」


「きゅ、九十六歳でしゅ」


 高齢のせいか、ぷるぷると震えながら孫太郎老人が答える。

 番組の成り行きを見ていた信長が雲海の法衣の袖を引っ張った。


「雲海よ、聞いたか!!!!あの者は我が家臣、柴田勝家の末裔との事だ!!!!よし!あの者を呼べ!」


 信長の目は輝いていた。

 森蘭丸も、そんな信長を見て微笑んでいる。


「い、いや、あの方の連絡先など分かりませんよ」


 雲海は面倒な展開に、口の端を歪め苦笑するしかなかった。


「ならば、いい!こちらから出向くぞ!案内せぇ!!!!!」


 信長は止まらなかった。


「ふむ。参りましたな。…とりあえずテレビ局にでも行きますか」


 雲海は、自分はもう、観光案内に徹するしかないと諦めた。


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「いや~困りますよ。いきなり来られてもですね」


 タクシーを使い、やってきたテレビ局。

 門前で、守衛がそう言った。


「貴様、このわしを通さぬというのか」


 信長は眉間にシワを寄せ、腰に手をやるが日本刀がないことに気づくと、気まずそうにひとつ咳払いをした。


「ねぇ皆さん!今日、7階の特設スタジオで撮影予定の時代劇コントの役者さんですよね!?あと30分で始まりますから~!はやく行ってください!」


 10メートルほど離れたテレビ局の扉の前で、コント番組関係者らしきスーツの中年男性が大声で叫ぶ。

 守衛は「そうなんですか?」と訝しげに雲海に問いただす。雲海は何も言わず目を伏せた。守衛はそれが、肯定の頷きと見たのか門を開けた。


「ふむ。では行きますか」


 雲海はそそくさと入る。


「分かればよい」


 信長は愉快そうに守衛の肩を叩いて言った。


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「いた!あの者じゃ」


 信長が、生放送の番組を終え控え室から出てくる孫太郎老人を指差す。


「ふむ。さっそく話しかけてみましょうか」


 雲海は、老人に歩み寄る。そして肩を叩いた。


「なんでしゅか?」


 老人は振り返った。


「柴田孫太郎さんですね?突然の事で信じられないかもしれませんが…。なんと、あの織田信長公が現世へやって来られました。そして、柴田勝家さまの末裔であるあなたにお会いしたいとのことで、ここまでお連れしました」


「ん?あ、ああ!信長しゃま!10年前、肺炎で死にかけた時、冥界で祖先の勝家と共にいる信長さまを遠くからお見かけしたことがありましゅ!うう…直接にお目にかかれて光栄でしゅ。泣けてきましゅ。今日は冥界からやってきたのでしゅか?」


 雲海の言葉に老人は泣きながら、そう言った。


「武将の末裔が、このような場所で人目も憚らず泣くでない…。わしは、この雲海に救われタイムスリップ…と言ったか?時空を越えてやってきたのだ。して、勝家の末裔、孫太郎よ。豊臣、徳川の創り上げた、この後の世にあっては、織田家臣末裔のお主は、さぞかし肩身が狭かった事であろう…。苦労をかけたと思う。しかし、もう、わしが来たからには、そんな思いはさせないぞ。この後の世にあって、再び織田の時代を再興するのだ。共に戦ってくれるか?孫太郎よ」


 信長は孫太郎老人に向かい、労いと決意の言葉をかけた。


「で、でしゅたら、信長しゃま…このような提案、出すぎたものかもしれましぇんが…、私の会社…いえ城を、信長さまが継いで…受け取っていただけましゅか?わしには子供がおりましぇん。また重役も無能者ぞろい…信長様に新社長になっていただきたいでしゅ」


 孫太郎老人は涙を拭きながら、先祖の主である信長を見上げるようにして言った。


「家臣から城を与えられるとは…聊か心苦しいが、この世にあって後ろ盾のない身は重々、承知しておる。恥を忍んで、柴田末裔であるお主の心遣いを受け入れたく思う」


 信長は、潤んだ瞳で言った。

 孫太郎老人の背後に、かつての家臣の幻影を見たのかもしれない。


「では、信長しゃま。一緒に来てくだしゃい。契約書などに署名をお願いしましゅ」


 孫太郎老人は、ぷるぷる震えながら、テレビ局の廊下を歩く。

 そのあとを信長が悠々と進む。


 それを見た雲海は、まるで在りし日の織田家の行列を見せられたかのような気持ちになった。


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「ふむ。まだ夢から覚めた実感がわかないな。今までと何から何まで、違う気がするが…まぁいい。寝るか」


 雲海は、信長たちと別れたあと、寺に戻り、そう呟くと眠りに就いた。


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 それから、ちょうど3週間後。


「そうだ!今日は、大河ドラマ―信長戦記―の放映日、最終回だ!」


 雲海は慌てて、テレビをつける。

 1時間後、信長は見事、本能寺で果ててドラマは終わった。


 テレビを消そうとした時、CMが流れた。


「渦からやってきた、この織田信長!!!泰平の世に今一度、商いという戦で、戦乱を巻き起こしてくれるわ!そしてこの織田の旗を頂に立ててくれようぞ!馬に変わりフェラーリじゃ!南蛮貿易じゃ!南蛮貿易じゃ!!南蛮貿易じゃ!!!」


 ノブナガエンタープライズ―。

 企業名は、そう紹介された。

 広告塔―「戦国社長ノブナガ」&「小姓ランマル」としてCM出演していたのは、あの日、夢で出会った信長と森蘭丸だった。


「ふむ。外車の輸入販売の会社か。このCMがいつからやってたのかは分からないが…このインパクトじゃ、彼らが私の夢に出てきてもおかしくないな」


 雲海は欠伸をしながら言った。

次回は、ヘヴィメタのライブ会場で…???

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