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煩悩その002「BOZZ、ゾンビ世界へ行く」

今回はゾンビ世界へ行ってみました。

 仏教・宋櫂宗(そうかいしゅう)の住職、大槻雲海が目を覚ましたのは街区の片隅だった。


 空を見上げる。無限に広がる濁りきった闇が虚空を塗りつぶしていた。


「ここはどこだ」


 都会に有るまじき無音の世界。大通りに出ても、車の往来や人影はなかった。


 寒さと吐息で不明瞭になった眼鏡のくもりを直し、辺りを見回す。建物の扉やガラスは損壊し、燃え尽きた車がそこかしこに乗り捨ててあった。


「なんたる事だ、天変地異か」


 そこかしこから呻き声がする。やがて人影がそこかしこから現れ、雲海を取り囲んだ。


「腐乱臭だ」


 僧侶となって15年。1週間に5度は葬儀に顔を出すが、遺体は幸せな状態のものばかりではなかった。


 あまりにも酷い腐乱死体ならばすぐさま火葬に出されるが、微妙な腐乱状態であれば、遺族の意向で棺に納められ、その前で経を唱えるという事もしばしば、あった。よって、雲海はこの臭いの正体を知っていた。


「なぜ腐乱臭がするのだ。この街の状況から察するに、やはり天変地異による大量死か」


 いや、まてよ。雲海は思い直す。法衣の懐からスマホを取り出した。


 日付は1月20日のまま。時間は23時35分。寺を出てから1時間しか経過していなかった。


「この1時間で何があったというのだ。たしか私はレンタルDVDショップに入ったはずだが…」


 呻き声と共に集まる人影―至近距離で見れば、彼らがこの世の者たちでは無いことが充分に分かった。


「まてまて。これは夢だ。天変地異など、そうそう起きる筈が無い。外出しようと思いつつも私は、こたつで寝ていたのだろうな」


 雲海は、すべてを理解した。


「これもまた、仏のお導きか。夢の中でなお亡者たちの供養に励み、この私に仏道を極めよという事なのだろう」


 雲海は、亡者の群れに向かい経を唱え始めた。亡者たちはすぐそこまで迫っている。呻り声が鼓膜を振るわせた。


「仏 説 摩 訶 般 若 波 羅 蜜 多 心 経 観 自 在 菩 薩 深 般 若 波 羅 蜜 多 時 照 見 五 蘊 皆 空 度 一 切 苦 厄 利 子 不 異 空 不 異 色 即 是 空 空 即 是 色 想 行 識 亦 復 如 是 利 子 諸 法 空 相」


 亡者のうち一人か二人が、雲海の法衣を掴み、食いちぎろうと口を開けた。


「危ないよ!バカ」


 雲海は突き飛ばされた。パラララララ…という軽快な銃声が亡者たちを打ち抜く。脳漿と血液が雲海に飛び散った。


「あんた坊さん?こんなとこいたんじゃ、奴らに食われちまうよ。あたしに着いて来な」


「待ちなさい。まだ経が途中だ」


 そう言いながらも雲海は「いいから来なよ」と、女に半ば強引に引きずられるようにして、近くのレンタルDVDショップの建物まで走らされた。


「あなたは…どこかでお会いしたような気がしますが」


「どこかで会った?今時そんな口説き方する坊主がいるなんてね。それもこんな状況で」


 女は息切れをしつつ、建物の従業員用入り口を施錠しながら言った。女からは甘い香りがした。雲海は香水には疎かったが、香木の一種に似た香りのものがあるのを知っていた。


「あたしは水田マリ。あんたは?」


「雲海と申します」


 雲海は目の前の女が、いつか夢の中で出会った水田まりゑの血縁者ではないかと、右手を顎にあてる仕草をして考えた。


------------------------------------------


「水田まりゑ?それウチのばあちゃんの名前だよ」


 マリは驚いたように口を大きく開けて言った。


「やはり、そうでしたか。夢とはいえ、まりゑさんの孫娘さんに出会えた事がとても嬉しいですよ」


 雲海は微笑んだ。


「あんた、ばあちゃんの知り合いだったのか。でもね、これは夢じゃないよ。現実なんだ」


 マリは悔しそうにサブマシンガンを抱え込みながら言った。


「ふむ。現実ですか」


「信じたくない気持ちは分かるよ。夢だって事にしたいのは、あたしだって同じさ」


 サブマシンガンのマガジンの銃弾を確認しながら、マリは恨むように言った。


「この荒れ果てた街に加え、外にいる亡者の群れも現実であると、あなたは仰るのでしょうか」


「そう。現実!あんた、さっきお経を唱えてたけど、あいつらにそんなもん効かないよ?ゾンビを舐めない事だね。奴らに噛まれたら24時間以内に死ぬ。そしてそいつ自身もゾンビになる」


「ふむ。まるで映画の世界ではないですか」


「映画からヒントを得たどこかのキチガイが実際にソンビウィルスを創り上げて、ばら撒いたんだよ。ここ数週間のニュース観てなかったのかい?」


「そんなニュースありましたかね?」


「ありましたかじゃなくて。連日報道されてただろ?あんたどこから来たんだい?ここは日本。東京。今日は2015年の1月20日だよ?」


「ふむ。という事は、完全にこれは夢ですな」


「現実逃避もいいね。あたしはもうこれ以上なにも言えないよ」


 マリは立ち上がり、サブマシンガンを構え店内を見回した。


「ちょっと店内を見てくる。きちんと鍵がかかってるかも見たいしね。あんたはそこで夢の続きでも楽しんでな」


 従業員用の入り口の扉が亡者たちにより、力なく何度も叩かれていた。


「開けるんじゃないよ」


 マリの言葉に頷きつつも、雲海はせめてもの供養に、と扉の向こうまで届くようにと大声で経をあげ始めた。


「うるさい。あいつらが集まってくるだろ!」


 向こうからマリの怒鳴り声がした。仕方なく雲海は経を唱える声を最小限にまで留めた。


------------------------------------------


「ゾンビが1匹いやがった!」


 暗い店内の向こうでマリの叫び声が聞こえた。


「待ってくれ!撃つな!俺は人間だ!ゾンビじゃない!」


 男の声が聞こえる。


「ふむ。なにかトラブルか」


 雲海はその現場へと向かった。


------------------------------------------


 暗い店内は、上向きにされた幾つかの懐中電灯で照らされていた。


 先住者と思しき6人の男女は、たった今やって来た雲海とマリに視線を集中させている。


「ゾンビだらけの世界なら、タダでゾンビ映画を撮れると思ったんだ」


 さきほどマリに撃たれかけた6人のうちの1人―おそらくリーダー格であろう、土屋という男が言った。


 右半分の肉が崩れ落ち、血を滴らせている―土屋は、ゾンビのような様相をしているが、それは特殊メイクであり、感染もしていないれっきとした人間だった。


 彼と彼らの仲間である男女6人は、本物のゾンビたちを背景にしながら、このレンタルDVDショップ店内でインディーズのゾンビ映画を撮影を終えたところだったらしい。


「まったく、紛らわしい!っていうか何やってんだよ!こんな時に撮影なんて」


 マリがサブマシンガン片手に怒鳴り散らす。閉ざされた自動ドアの向こう。ゾンビたちがそれに呼応するように呻りを上げている。


「ふむ。まぁ、ケンカは止めましょう」


 雲海は言った。


「ったく、ふざけやがって。あんたら全員この辺に住んでるのかい?」


 マリはため息混じりに彼らに問いただす。


「あ、僕は違います。千葉の方で」


 答えたのは木下という小太りの青年だった。


「何でまた都内までやってきたのさ?」


「千葉ではゾンビパニックの後、数日でトイレットペーパーが全部なくなっちゃってですね。葉っぱでお尻を拭くのは耐えられなくて東京までトラックでやって来たんです」


「んで、俺らと合流。木下ちゃんも学生時代、映画の音響やってたらしいから、成り行きでこうして映画を撮ってんのよ。あ、ところでマリさんカレシいるんすか?」


 茶髪に無数のピアスを両耳につけた青年、金原が言う。


「アンタさ~、そういうのセクハラっていうんだよぉ?」


 厚化粧でゴールド色の巻き髪の女子、月島が横槍を入れた。


「金原くん。色んな女の子にそんな風に話しかけてるのね」


 黒髪で地味なメガネ女子、日野が呟く。


「もう止めなよ。世界はこんなんなっちゃうし、あとちょっとで卒業だったのに」


 長身モデル体型の美人の火室が、涙ながらに訴えかけた。


「しかしよ。ようやく店内での撮影も終わりかけたのに…アンタらが入ってきたせいで、ゾンビがまた集まってきちゃったじゃないすか」


 金原はマリではなく、雲海に向かって恨めしそうに言った。


「ふむ。これは申し訳ない」


 雲海は頭を垂れ謝罪した。


「まぁ、素直に謝られると俺が悪者になるから気まずいんすけど」


 金原は茶髪を掻き毟りながら暗い天井を見上げ、言った。


「あなたたちは、ここから脱出するつもりだったのですね?」


 雲海は、若者たちの顔を一人ひとり見渡しながら訊ねた。


「はい。騒動初期の頃、政府の公式見解でもあったように、ゾンビの集中力は10時間が限界なんです。僕らがこのレンタルDVDショップに入って撮影を始めたのが、今から10時間前。撮影も終了し、ようやくゾンビたちの集中力が切れ、店の周囲から離れていくはずが…」


「お姉さんたちが、ここに入ってきちゃったからぁ、ゾンビたちの集中力がリセットされちゃったってわけぇ~。だ、か、らぁ、あと10時間ここにいなきゃいけなくなっちゃった」


 木下の言葉を、月島が不満そうに繋いだ。


「まぁ皆、いいじゃないか。あと10時間ここにいる間に、俺は撮影したデータをノートPCで編集したりするし。時間は有効に使おう。特に俳優陣!金原や月島、火室さんはゆっくり身体を休めてくれ」


 土屋は火室にだけ「さん」と敬称をつけて言った。おそらくこの土屋は、このモデル級美人に惚れているのだろう。火室と目が合うたびに誰が見ても分かるくらいの、あからさまな愛想笑いを浮かべていた。


「ふむ。これが青春か」


 雲海は仏教の大学時代を思い出した。周囲は男ばかりで、このような複雑な男女関係とは無縁だった。


「私にはこのような迷いのある学生生活は向いていなかっただろうな」


 そう小さく呟きながら、自動ドアにへばりつくゾンビ―亡者たちに経をあげはじめた。学生たちは一瞬、怪訝な顔をしていたが、やがて坊主が死人に経をあげるのは普通の事だ、という風に考え直したのだろう。何も言ってはこなかった。


------------------------------------------


「ちょっと!ホラ!ここ!もう最悪!最悪!もう最悪!ムリムリムリ!」


 月島が巻き髪を揺らしながらダダをこねるように叫んでいた。自動ドアの向こうでゾンビたちがそれに反応し、騒がしく呻り声を上げている。マリは直立のまま、サブマシンガンの銃口を自動ドアに向けた。


「どうしたんだ?月島!」


 編集を終えて仮眠をとっていた土屋が、寝ぼけた声で起き上がってきた。


 ゾンビメイクそのままの土屋に、マリはサブマシンガンの銃口を向けたが、土屋であることを思い出し、すぐさま銃口を下ろした。


「こら、ここ。39分のところ。もう最悪!うぅぅ…」


 月島は、土屋のノートPCのモニターを指差し、ミニスカートをヒラヒラさせ内股ぎみに震えながら叫んでいた。


「自分の顔が映り悪いってか?」


 店内のアダルト作品コーナーをうろうろしていた金原が、喚き散らす月島の肩に右腕を回し、指先で巻き髪を弄びつつ、にやけながら言った。


「違うよー!おまえ自分で見てみろよー!うぇぇん」


 月島は子供のように泣いていた。金原は月島から腕をほどくと、にやけた顔を引っ込め、すぐさまノートPCを覗き込んだ。


「ふむ。何かありましたか?」


 座禅を組み、瞼を閉じていた雲海は、眉間にシワを寄せモニターを覗き込む木下と、驚愕した表情で固まったままの金原に問いただした。


「いやね…あんた坊さんだろ?これ、見てくれよ」


 土屋がモニターの前から退いた。空席に雲海が座る。金原は、自分の隣にやって来た雲海に、何か言いたそうにしながら成り行きを見守っていた。


「ふむ。なるほど」


「何だい?何があったんだい」


 雲海にマリが問いただす。


「ここ。土屋さん扮するゾンビに襲われる月島さんの右肩に、はっきりと幽霊が映り込んでますな」


 雲海は顎に指をあてがいながら興味深そうにモニターを見ながら答えた。


「最悪!まだここにいるんでしょ?その…幽霊!うぅぅう」


 月島は泣きじゃくっていた。アイラインが涙で溶けかけ、左右のつけまつ毛がそれぞれの右頬と左の顎まで流されくっついていた。


「もういい!あたし出る!!!!」


「おい待て!外はゾンビだらけだぞ!今、出たらまずい!」


「知らない!みんなサヨナラ!!!!」


 土屋の制止を無視して月島は自動ドアの方へ突進していった。


「うぇええん!開かない!開かないよぉ!!!」


 月島はガラスをガンガン叩きながら、泣きじゃくっている。


「開かないようになってるんだ。そんな叩いたら割れちまう!やめろ」


 土屋が自動ドアから、錯乱状態の月島を引き剥がす。


 興奮したゾンビたちがガラスを叩き返しながら、騒がしく呻り声をあげはじめた。明らかに先ほどよりも数が増えている。


 駆けつけた日野が、ゾンビたちの視界を遮断するために慌ててブラインドを下ろす。火室は、泣きじゃくる月島を幼い妹をあやすようにして抱きしめていた。金原は金属バットを構えながら呻り声の方を睨みすえている。木下は一歩も動かず震えたままだった。


 マリはサブマシンガンを構え、状況を見守っていた。


 雲海は、幽霊がいると思しき空中に向かい、ひたすら経をあげていた。


「ふむ。なるほど」


 雲海は経をやめ、呟いた。


「幽霊の正体は、月島さん。あなたのお婆さんですよ。お話したいと言っています」


 月島はひたすら泣きじゃくっていた。雲海の声は耳に届いていないようだった。だが、雲海は月島に向かって語り続けた。


「ミーちゃん、この前は襲ってごめんね。ゾンビになったお婆ちゃんの頭を金属バットでかち割ってくれてありがとう。気にしないでいいんだからね。お婆ちゃんもう、皆の待ってるあの世に行くね。今までありがとう。さようなら」


 雲海は、月島の祖母の口真似という体裁で、言伝(ことづて)を果たした。月島は、いったん泣くのをやめてから、鼻水を啜りながら、ゆっくり、こくんと頷いた。


「うう…。ま、待って!お婆ちゃん!お婆ちゃんの頭をかち割ったのはあたしじゃない!妹だよ!結局は妹もお婆ちゃんに噛まれてゾンビになっちゃったけど…お婆ちゃん、大好きだったのに…妹も…パパもママも…みんな大好きだったのに…。ゾンビになっちゃった…うぇぇぇぇん!!!」


 月島は泣きじゃくりながら叫んだ。彼女の涙の理由は先ほどまでの怯えによるものとは明らかに違っていた。これでもかと言うほどに泣きじゃくりながら、雲海と同じ方向の天井を見上げ、何度もお婆ちゃん、お婆ちゃんと連呼していた。


 それに呼応するかのように、暗い店内において天井の一箇所だけ、何かが点灯していた。


 雲海は「それ」について何も言わなかった。


 おそらく、その場にいた全員が、その光の粒を見て同じ事を考えただろう―。


「あれが魂なのだ」―と。


そして


「頑張って生き抜くんだよ」―そう言っていたのだろう、と。


------------------------------------------


「皆さん。月島さんのお婆さんの件でお分かりと思いますが、死後ゾンビになっても、頭を破壊されるまで魂が肉体に残留しているのです。彼らは私たちを襲いながらも苦しみ、成仏したいと願っているのでしょう」


 雲海は、マリの方を見据えて言った。私はこれより、かなり大きな声で経をあげるが、もう止めてくれるな。―そう言わんとしているのだ。


(この亡者に溢れた世界で、これまでの僧侶人生をかけた一世一代の経をあげてみせる―全てのゾンビたちから魂を解放させてみせる―。)


「仏 説 摩 訶 般 若 波 羅 蜜 多 心 経 観 自 在 菩 薩 深 般 若 波 羅 蜜 多 時 照 見 五 蘊 皆 空 度 一 切 苦 厄 利 子 不 異 空 不 異 色 即 是 空 空 即 是 色 想 行 識 亦 復 如 是 利 子 諸 法 空 相…」


 自動ドアの前、張りのある声で雲海の経が始まった。


 皆、神妙な面持ちでそれを見届けている。


 マリはサブマシンガンを抱えながらも、何かを言いたそうな表情で雲海を見守っていた。マリの香り―香木に似た甘い香りが漂っている。


 その時だった。空間に、いつかの仄暗い渦が現れた。


「得阿耨多羅三藐三菩提…」


(あの渦は…いつかの…)


 渦から送り込まれる熱風が、雲海の法衣を煽り始めた。


(あの時とは…少し様子が違うぞ)


 あの日と違う―。


 それは、この渦に雲海を吸い込むような重力が働いていることだった。


≪す…す、すまん。雲海よ…お前を手違いでゾンビ世界へ転送してしまった…。お前がここで長時間に及び、パワーのこもった、人生で1、2を争うレベルのハイパー本気モードの経をあげてしまうと、ゾンビが全滅してしまい…この世界そのものが変わってしまう。今回に限っては強制的に、元の世界に戻ってもらうぞ≫


 渦の中から聞こえてくる低い声が、そう言った。


「羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦…まて!まってくれ、あと少しなんだ」


 うわ!という声と共に、雲海は渦の中へ放り込まれた。


「雲海!」


 どこまでも深遠な闇に吸い込まれていく中、マリの叫び声だけが聞こえた。


------------------------------------------


 気がつけば、雲海はレンタルDVDショップにいた。


 店内は明るい。賑わう客。自動ドアの外にもゾンビなどはいなかった。


 雲海の顎に流れ出たヨダレ。


 スマホに表示された数字。1月20日。23時39分


 どうやら、数分間だけしゃがんだまま寝ていたようだった。


「ふむ。不思議な事もあるものだ。それにしても…ゾンビか」


 普段、立ち寄らないホラー映画コーナーへ足を向けた。


 ゾンビ映画のDVDが陳列してある。雲海はその一つ、日本で撮影されたという「ヴィーナス・オブ・ザ・デッド」というDVDを選んだ。


 パッケージの表には「2015年!日本がゾンビで溢れかえった!非常識な若者6人が、本物のゾンビを前にゾンビ映画を撮影しはじめ…」とキャッチコピーが、裏には2013年1月20日と作品のリリース日が記載されていた。


「わぁ、これ借りてくれるんですかぁ?嬉しい…っていうか~懐かしい!」


 レジの女性店員が嬌声をあげた。黒髪のショートボブで、厚化粧だった。


「このDVD、2年前に低予算で作られたゾンビ映画なんですけど~、私の地元の先輩が~主演女優なんですよね~」


 雲海は、ふと、この女性店員の顔に見覚えがあることに気づいた。


「ふむ。そうでしたか。まさに仏のお導き。不思議な因果律ですな」


 女性店員のネームにはこうあった。「月島」―と。


「主演女優の名は何と言うのですか」


「この1本だけで女優業を引退してしちゃったんですけど、水田マリ…センパイでぇす」


「ふむ。そうでしたか。観てみます」


 会計が終わり、自動ドアが開く。


「ちなみに、それ!あたしも出てま~す!!髪型は今とちょっと違うけど!」


 帰ろうとする雲海に、月島の声が追いかけてきた。


「ふむ。しかし、まさか…私は…出ていないよな」


 DVDラベル面に印刷された出演者の名前を確認する。


「どうやら、いないようだ」


 そう呟くと、懐かしい甘い香りが、雲海の鼻腔を刺激した。


 すれ違った女性の顔を、雲海は敢えて振り返らなかった。


「せんぱーい!」


 月島の声が、遠ざかっていく店内から聞こえた。


「ミユキ、おひさー」


 女性は、月島にそう返事をした。ような気がした。

次回はホストクラブに転送されます。新人ホストに間違えられた雲海は、ヘルプとしてホストに入れ込んでいた若き頃のマリさんに出会い…?

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