煩悩その013~107「BOZZ、金太郎、銀次郎、銅三郎らと旅に行く」
金、銀、銅。どうしても順位がついてしまいます。そんな状況下で金太郎に会いに行きました。
仏教・宋櫂宗の住職、大槻雲海は、暗闇で目覚めた。
「ここはどこだ。私は寺の境内で掃除をしていたはずだが」
上体を起こして天を見上げる。
陽光は、頭上遥か高い岩場の半ばまで射し込んでいた。ここまでは届いていない。深さは相当なものだろう。自分がいる場所が穴ぐらの底なのだと悟った。
怪我はない。どうやら落下したわけではなさそうだ。
≪この穴ぐらには、お前のほかに、金太郎、銀次郎、銅三郎がいる。5月5日まであと2週間ちょっとしかない。端午の節句までに、3兄弟のいざこざを解決してやれ≫
渦の中の低い声。
「ふむ。今回の夢は、金太郎か」
雲海が地面をまさぐると、固い筒のようなものがあった。手探りする。凹凸があった。経験則から導き出された答え。懐中電灯に違いなかった。スイッチを入れる。
浮かび上がった他の3人の姿。
それぞれ寝そべった状態だったが、雲海の齎す灯りに、視線だけが吸い寄せられていた。
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懐中電灯が照らし出す、ぐるりと岩に囲まれた穴ぐらの広さ。直径50メートルといったところか。
おそらく3者ともに、雲海とほぼ同時に目覚めたのだろう。それぞれ状況も把握できていないまま、眩しそうに顔を見合わせるばかりだった。
「ここは、どこだ?私は山で熊と相撲をしていたはずだが。銀次郎や、銅三郎もいる…お前ら大丈夫か」
最初に口を開いたのは、金太郎だった。風貌は優男。そしてその名の通り、金髪のマッシュルームカットだった。
「冗談じゃねぇぜ。ここはどこだ?俺は狩りをしてたはずだ…転落でもしたのか?偶然にもクソ兄貴や、出来の悪い弟と一緒なんてよ」
銀次郎が言う。パンクロッカーのように、ツンツンに逆立った銀髪が特徴的だ。
「僕は部屋でネットゲームしてたはずなのに。ここどこ?まさか異世界?あ、違うっぽいな。これが人生の転落ってやつですか。ワロス」
銅三郎は俯く。黒縁めがねに、10円玉のような色の髪を七三に分けている。
「ネットゲームだぁ?相変わらず根暗で腐ってやがんな。てめぇみたいのと血が繋がってると思うと吐き気がするぜ」
「おい、銀次郎。銅三郎を悪く言うのはやめろ」
金太郎が銀次郎を戒める。
「いや、金太郎兄さん。銀次郎兄さんの言う通りだよ。僕は底辺、底辺、底辺…底辺、底辺、底辺…ワロス」
「ところで、あんたは誰だ」
兄と弟に舌打ちしながら銀次郎が尋ねてきた。雲海は「ふむ」と言いながら自己紹介をする。
「私は雲海です。あなたたち3兄弟のいざこざを解決しにきました」
雲海は言った。3人は雲海を見た。
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「いざこざ?」
銀次郎が眉を吊り上げた。
「ふむ。今の様子だと、お兄さんはいいとしても、次男の銀次郎さん、銅三郎さんに問題があるように思えます。物事の本質に優劣などないのですよ」
「あ?何を言ってやがる。俺たちはオリンピックのメダルと同じだ…」
銀次郎がわななく。そして、雲海を睨んだ。
「…金である兄貴が1番で、俺はいつも2番。弟はクズだ」
左右の人差し指を、それぞれ金太郎、銅三郎に向けて銀次郎は言った。
「銀はその静かな輝きで、美術品やアクセサリーとしての需要があります。また、金や銀は、銅のように電気を通すことはできません。生活のうえで銅は重要です。数値化された資産価値や、競技の勝敗とは別に、それぞれの役割と言うものがあります」
「へっ、よく言うぜ」
銀次郎は雲海の言葉に唇を歪め、そっぽを向いた。
「僕でも…必要とされますか?底辺でも愛されますか?ギザワロス」
銅三郎は黒縁めがねのズレをなおして、言った。
「もちろんです」
「2人の兄としてお願いします。弟たちに分からせてあげてください。メダルの順番が材質の優位性そのものではない、と」
金太郎は深くお辞儀をする。銀次郎はそっぽを向いたままだが、銅三郎は金太郎と同様に雲海にお辞儀をしていた。
「そうですね…私に考えがあります」
雲海は顎に手を当てて言った。
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「金太郎さん、銀次郎さん、銅三郎さん。これから私と一緒に旅をしましょう。いいですね?渦」
雲海は、頭上―、渦に話しかける。
≪分かった。94ヶ所ほど、一緒に回るがいい。それぞれ問題を抱えた過去の現実世界だ。彼らに救いを与えてやれ。その3兄弟と共にな≫
低い渦の声。
それを見た金太郎、銀次郎、銅三郎はあっけにとられていた。
「さぁ、3人とも私につかまってください」
素直に応じた2人を他所に、銀次郎は腕組みをしたまま動こうとしない。やがて痺れを切らした金太郎に強引に引っ張られ、銀次郎も雲海の袈裟につかまった。
「雲海さんを信じよう、2人とも」
「けっ、くだらない旅行だったらすぐ帰るからな」
「僕みたいな底辺でも愛されるなら行きます。ワクテカ、ワクテカ」
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雲海と3兄弟は、渦に導かれるまま様々な時代や国を旅した。
歴史上の偉人に会うこともあった。
金太郎は富を、銀次郎は美術文化を、銅三郎は文明を、転送先のニーズに合わせ、それでいて歴史を大きく改ざんしない程度に留めて、それぞれ発揮した。
「あなたたちは神か、救世主か」
「つい最近、とてつもない悪魔によって蹂躙されたこの地に希望がやってきた」
「ありがたや、ありがたや」
94ヶ所の転送先で、3兄弟は英雄と呼ばれるようになっていた。
雲海は満足そうに、それを眺めるだけだった。
「さて。もう、そろそろ元の金太郎さんのいた世界に戻りましょうか」
3兄弟は頷いた。
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「雲海さん…。俺、間違ってたよ。物事の本質に順番なんてないってことが分かった!俺は兄貴に負けてないし、銅三郎も自慢の弟だ!悪かったな、銅三郎!」
銀次郎は雲海に握手を求めた。
「つーか、ぶっちゃけ兄貴たちより僕、ハイスペックじゃね?なんて冗談です。ハイハイ、ワロスワロス。自信がもてるようになりました。雲海さん、ありがトン」
銅三郎も雲海と握手する。
「こんな嬉しそうな弟たちを見たのは久しぶりです。感謝します。雲海さん」
金太郎は握手の後、深いお辞儀をした。
「いえ。いいんですよ」
雲海は、この3兄弟の成長を心から喜んだ。
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「はて。夢だったか」
茜色の空が広がる。雲海は箒を持ったまま突っ立っていた。
≪雲海。唐突だが、次の108回目の転送が最後の旅になる。心の準備はいいか≫
いったん現実世界に戻った寺の境内での、低い渦の声。
「ふむ。よく分かりませんが、いいでしょう。最後…という響きはいささか寂しいですがね」
旅にはいずれ終わりがやって来る。夢から醒める瞬間はそこまでやって来ていた。
≪これから、50年後の現実世界へ行き、ある人物に会ってもらう≫
渦は言った。
次回、雲海さんとの別れです。




