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煩悩その011「BOZZ、桃太郎たちと鬼ヶ島へ行く」

今回は桃太郎の世界へやってきました。

 仏教・宋櫂宗(そうかいしゅう)の住職、大槻雲海は目覚めた。


 顔を土につけ倒れていた。腕を支えに上体を起こす。冷えた空気と共に、濡れ湿った草木の香りが鼻腔を刺激する。


 視界に広がる多様な緑、緑、緑。見上げた空は遮られている。丈高い木々に囲まれていた。


 風に枝葉が揺れれば、気まぐれな隙間から太陽がこちらを覗く。


「ここはどこだ。どこなんだ」


 走る。走る。でたらめに走った。樹木の隙間を縫うように走った。山道に辿り着く。僥倖。法衣は泥にまみれ、全身の筋肉は悲鳴をあげているものの、遭難の危険は去った。


≪桃太郎の世界だ。山道を、猿、犬、雉を連れた桃太郎がやってくる。彼を全力でサポートし、鬼ヶ島での最終決戦に勝利させろ≫


 渦の中の低い声。


 雲海は山道の脇、盛り上がった土の斜面に腰掛けた。今更、法衣の汚れは気にならなかった。


「ふむ。今度は童話の世界か」


 呟く。やがて向こうから、空気を震わすような凄まじい呻り声が聞こえてきた。雲海の周囲で木々が大げさに揺れる。風はなかった。


「な、なんだ。あれは」


 やがて現れた異形の集団。

 視界から入る情報から、それを桃太郎の一行だと判断するにおよそ数十秒を要した。


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「な…んだ…キサマは…私を…待ち構えていた…のか」


 言葉を発した主―。

 桃の鉢巻を締め、日本一と書かれた旗がなければ、それが「桃太郎」だとは判断できなかっただろう。


 眼前に現れた「桃太郎」は生物学的特徴から推察するに、人間ではない。ヒトの手足を持った巨大な桃の怪物だった。


 甘い香りを漂わせながら桃太郎は腰にぶら下げた日本刀の鞘に手をかけた。


「キサマ…鬼の…手下か…斬り捨てて…やる…」


 一閃。


 桃太郎の斬撃を間髪よけて、よろめく雲海。法衣に切れ目が走った。


「待って、待ってください。私は人間です。坊主です」


 胸を激しく叩くゴリラ。上空を飛び咆哮する怪鳥もいた。呻り声を上げ首輪で繋がれた獰猛な狼が襲い掛かった。


「やめなさい」


 雲海は叫ぶ。


 狼の上顎と下顎が噛み合わさる。鋭い牙がぶつかり合う音。何度も何度も繰り返される。唾液の雫が雲海の顔にかかった。


 見ると、狼の首輪を繋ぐ鎖を桃太郎が握っていた。巨大な桃に穿った2つの穴。その奥で目玉がギョロリと動き、雲海を見つめている。


「キサマ…本当に…人間か」


 桃太郎は言った。雲海は何度も頷いた。


------------------------------------------


「最近は…ツノを切り落とし…人間に成りすます…鬼もいるものでな…すまん…」


 雲海を睨み呻る狼の鎖を握ったまま、桃太郎は上体を前に揺らした。頭を垂れているつもりなのだろう。ゴリラは興奮を抑えきれずウホウホと言いながら周囲を歩き回っている。怪鳥の姿は消えていた。


「あの…あなたの名は」


「桃…太郎だ…」


「あの…もしかして、おじいさん、おばあさんに桃から取り出されなかったのでしょうか」


「なぜ…それを…」


 いけない。やぶ蛇になる。雲海は口を噤んだ。


「じじぃと…ばばぁは…俺を…食おうとしたが…くたばりやがった…」


 桃太郎は甘い汁をあちらこちらから噴出している。熟れすぎているのだ。


「この鉢巻も…旗も…下僕どもに配る黍団子も…本能に従い…自分で…つくったのだ」


「あの…差し出がましいようですが…桃の中から、あなたを取り出すお手伝いさせてもらえないでしょうか」


「本当…か」


 雲海の提案に桃太郎は、ぜひとも頼む、と答えた。


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 桃から桃太郎を取り出す作業は困難を極めた。果肉は長き年月においてその肉体と一体化し、剥離するたび桃太郎は、痛い痛い、と叫んだ。


 飛び散る甘い果汁。甘い香り。一休みする際、雲海は桃の果肉を食べた。食べ物を粗末にしない。これは仏教の戒律の一つだからだ。


「やめて…もっと優しく食べて」


 桃の果肉に押しつぶされていた時と違い、甲高い声になっていた。


「見ないで…恥ずかしいから」


 そこから現れたのは、豊満な乳房と腰つきのうら若き乙女だった。


「あ、あなたは」


 法衣の上に羽織っていた袈裟を、乙女にかける。


「ぐっしょり果汁で濡れてる…恥ずかしいから、見ないでよ」


 金色の袈裟から伸びた白い手足。いつかの水田マリと重なった。


「はじめまして。桃から生まれたマリモだよ」


 乙女は転生を終え、人の姿を成して再び名乗った。別の名を―。


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「あ、あの…あなたは桃太郎では、なかったのですか?」


 雲海は問う。


「桃太郎?だれそれ」


 あっけらかんとした言葉。マリモは桃人間だった頃の記憶の一切を失っていた。


 狼が吼える。ゴリラが騒ぎ出す。怪鳥も再びやってきて様子を伺っていた。


「まぁ、とりあえず鬼退治にいきましょう」


 姿かたちが変わったとはいえ、桃太郎としての役割を見届けなくてはならない。雲海はマリモに促す。


「なにそれ。まぁ、いいけどさ…」


 雲海の前で、マリモはたじろいで見せた。


「なんです?」


「手、つないでいこ」


 桜色の唇が消え入りそうな言葉を紡いだ。


「え?」


「いやなの?」


 マリモの視線が泳ぐ。拒絶を恐れている。不安の色が瞳を彩っていた。


「え、いや」


 雲海はどうしていいか分からず、とりあえず提案を受け入れた。


「うん」


 紅潮した頬。マリモの表情が明るくなった。


「そこに放り投げてある日本刀と黍団子、鉢巻と旗をもっていきましょう」


 雲海は散乱した桃の果肉の傍らに転がる「桃太郎」こと桃人間の遺物を指差した。


「なにあれ」


 マリモの言葉。


「本当にすべて忘れ去ってしまったのですね。あれらは鬼退治の必須アイテムです」


 雲海は彼女にどこからどこまでを説明すべきか、思いあぐねていた。


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「こんなかんじでいいのかな」


 マリモは素直だった。

 雲海に言われるがまま、桃のマークの鉢巻を締め、日本一と書かれた旗を持ち日本刀を腰に差した。素肌に袈裟を羽織ったその姿は滑稽だったが、裸よりは幾分マシだろう。


 素足のまま裾を引きずるマリモを見て、草履を履かせようと思いついたとき、マリモが口を開いた。


「鬼退治なんかして、なにかいいことあるのかなぁ」


 雲海と繋いだ右手をプラプラと揺らし、マリモは言った。


「鬼は人を苦しめています。倒せるのはあなただけです。マリモさん」


 雲海は諭すように言う。


「鬼を倒せるからって、あたしが鬼を倒す理由になるのかな」


 子供のような返答だった。そんなマリモに雲海は真剣な眼差しを向ける。


「人は因果律をもって生まれます。成すべきは成せる者が成す。これは仏の教えです」


「そうなんだ。でも納得いかないな。本人にその気がなくても、やるべきなのかなぁ」


「少なくとも、桃人間だった頃のあなたは鬼退治をするつもりだったようですよ」


「でも、桃人間じゃなくなったあたしは、鬼退治に興味がない。それって因果律から外れたからじゃないの」


「ふむ。では、マリモさんが今やりたいこととはなんでしょう」


「恋愛かな」


「ふむ。恋愛とは相互理解でしょう。自分を知らずして、相手を知ることなどできませんよね。それに…自分を知らないうちは、まだ因果律から外れたことにはならないのですよ」


「たしかに、あたしは自分をまだよく知らないけどさぁ」


「まずは、かつての自分に与えられた道…鬼退治を目指してみませんか。どんな道であれ、真剣に進めば自分を知る機会が無数に溢れています。結果として鬼退治ができても、できなくても、鬼退治を目指した自分と向き合うことで、喜び、悲しみ、強さ、弱さを知り、人を深く愛することができるようになるのです」


「そういうものかなぁ」


「目の前の石ころでさえ意味があるのです。マリモさんは恋愛がしたい。そのためには自分を知る必要がある。そのためには当面の目的が必要である。結論として身近に成すべきこととして与えられた鬼退治の道を進む。これはとても自然な流れです」


「まぁ、空っぽな状態よりはいいかもねぇ」


 マリモは言った。


 道中、先ほどから狼の呻り声がひどい。ゴリラの興奮もおさまらない。怪鳥は狂ったように旋回していた。


「なにやら吼えていますね。彼らに黍団子をあげましょう。落ち着きがないのはそのせいかもしれません」


 マリモは袋から黍団子を取り出し、猛獣たちに一つずつ食わせた。唾液塗れに咀嚼する狼。一口で飲みこんだゴリラ。空に放り投げそれを咥えた怪鳥。


 瞬間。彼らに変化が訪れた。


「ふむ。彼らの様子がなにやらおかしいですな」


 雲海が言う。マリモは指を咥えてその様子を見ていた。


「なにあれ。きも~い」


 三匹の獣たちは呻り声を上げ、徐々に人間の姿へ変化していった。


「はぁっ、はぁっ、俺の名は一狼。よろしくな」


 狼だった青年が言う。

 細くしなやかで筋肉質な身体は獰猛な狼の名残があった。


「うぅ、うっ、オイラの名は猿次。よろしくぅ!」


 ゴリラだった青年が言う。

 毛深く頑丈そうな大柄な身体はゴリラそのものと言えよう。


「ふぅ~…。アタチは鳥子よ。よろちく」


 怪鳥は、翼をもつ幼児体型の少女になった。


「ふむ。みな裸ですな。これではまずい。ちょっと待っていてください」


 雲海は法衣をビリビリに破いた。そしてその山吹色の布切れを三人の要所に巻かせた。


「原始人のようですが、とりあえず応急処置です。さぁ先を行きましょう」


 新参の三人は、威勢よく掛け声をあげた。

 マリモは、一狼や猿次らを警戒するような目で見た後、雲海の後ろに隠れた。鳥子はマリモの周囲を飛び回り、成人女性の胸の膨らみを羨ましそうに凝視する。


≪もう時間がないから鬼ヶ島に転送するぞ≫


 渦が痺れを切らしたように言った。


「わ!なにこれ」


 マリモの叫びとほぼ同時に、五名は引っ張り上げられた。暗転。重力を失い、視界が開ける。


------------------------------------------



 鬼ヶ島に転送された。

 雲海、桃太郎ことマリモ一行と鬼の死闘は、20時間に及び繰り広げられた。


 鬼の軍勢の大半を壊滅させたものの、マリモの仲間である一狼や猿次、鳥子らは壮絶な戦いで絶命した。


 空が分厚い雲で覆われ、しばらくすると洪水のような雨に叩きつけられた。

 敵味方関係なく横たわる無数の屍。

 その血を洗い流すかのように、無情なまでに雨は大地を叩きつけていた。


「なんで…鬼退治なんか…きちゃったんだろ。こんなに強いなんて」


 ずぶ濡れのマリモが刀を握りながらも泣き出しそうな顔で言った。


「ふむ。私も…もうお終いかもしれません」


 戦闘に巻き込まれ、雲海は腹部に致命傷を負っていた。体中の血液が凍りついてしまったかのように寒気がする。視界がかすむ。手を伸ばそうとする。


 マリモさん―。

 絶望がそこに広がっている。

 血液が雨に流され、赤い水溜りとなって広がってゆく。


(ふむ。夢とはいえ、死とはこういうものなのか―)


「待って!死なないで雲海さん。いやだよ、死なないで」


 マリモは泣きそうな声で言った。


 轟音が鼓膜を震わす。

 マリモも鬼たちも不穏な空気に凍りつく。

 雲が恐れ慄き、遥か向こうで落雷を落とす。


「これは…。どうやら邪鬼皇(キング)のお出ましだ。苦戦する俺たちを見て苛立ったのか。桃太郎を直々に処刑するつもりらしい」


 満身創痍の鬼たちが言う。

 鬼たちは嗤った。勝利を確信していた。


「ちょっと、やめてよぉ。もう帰りたいよ」


 マリモは泣いた。

 その涙は、勢いづいた雨粒に押し流される。

 それでも次から次に、涙が出た。

 雲海はすでに虫の息。


 大気が震える。地面が軋みをあげて、暴れだした。


 空模様は完全に暗転し、豪雨が破壊された鬼ヶ島の岩山に容赦なく叩きつける。轟々と音を立て空中に大きな渦が現れた。鬼世界と鬼ヶ島を繋ぐ、鬼火鏡から現れた姿―。


------------------------------------------


 邪鬼皇(キング)が、ここ人間い姿をあらわすのは何百年ぶりだろう。彼がやってきた日は、例外なく、天変地異、地殻変動、大規模な災厄が降りかかるとされていた。


「古来より予言の書に記されし、伝説の鬼殺し桃太郎…待っていたぞ」


 禍々しき体躯を揺らし歩を進める。唇からこぼれる鋭い牙。左右の頭部から生えた漆黒の鉤角を揺らし、雨に濡れながら、邪鬼皇(キング)は嗤った。


「あたし、桃太郎なんかじゃない。マリモだよ」


「見苦しく逃れるつもりか。その鉢巻に日本一と書かれた旗。桃太郎の証に相違ない。この手で葬ってくれる」


 邪鬼皇(キング)はそう言うと、青白い体毛に覆われ褐色の長い爪が伸びた右手を、天に翳した。空間が歪む。眩い発光と、事象の歪が拮抗しながら手のひらに吸い込まれていく。


 やがて、具象化された―その手に握られたのは、刃渡り2メートルほどの、刀剣とも斧とも形容しがたい武器だった。


 握りやすく起伏に富んだ黒地の柄には、大小さまざま鮮やかな宝玉が埋め込まれ、鈨から伸びた重厚な刀身は、刃先に向かうにつれ緩やかな曲線を描いている。


 細部を観察すると、それは芸術品のような様相ではあるが、全体を通して見ると、獰猛な獣の牙を彷彿とさせる禍々しさがあった。


「こいつを使うのは、いつぞやの神との戦い以来だ」


 雨に濡れ鈍く光を湛える双眸。邪鬼皇(キング)は、鬼の天敵たる桃太郎ことマリモの処刑を心から悦んでいた。


「マリモさん…あ、あなたが邪鬼皇(キング)を倒さねば…、せ、世界は終わりです」


 雲海は血を噴出しながら言った。


「もういい。話さないで、雲海さん…雲海さんは私が…私が守る」


 か弱い乙女だったマリモのつぶらな瞳に、焔がチラチラと揺らめく。


「どうしても…戦わなくちゃいけないのね…もういい、女の子としての恋愛は諦めた」


 瞬間。

 邪鬼皇(キング)の姿が消えた。

 マリモの姿も消えた。


 金属音の応酬。

 激しい衝突は雨を切り裂き、疾風を巻き起こし、鳴り響く大気のうねりへと激化する。


 鬼ヶ島は揺れていた。

 空も慄く凄まじい殺意のぶつかり合い。

 人と、人ならざる鬼。

 天下分け目の決戦。


 やがて、金属音ではなく肉と骨が断ち切られる破裂音がこだました。

 それは一瞬。

 静寂。滴る青い血…。


 それぞれ背を向けた、2つの姿が現れた。

 刀剣を握ったままの邪鬼皇(キング)の右腕が、地面に落下している。


 その切断面から流れ出た青い血液が、落下先である水溜りと同化する。青く濁った水面は、マリモと邪鬼皇(キング)の姿を映し出した。


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「く…この邪鬼皇(キング)さまが…剣で押し負けた…だと」


 右腕のない邪鬼皇(キング)は、マリモに背を向けたまま立ち尽くす。

 マリモは瀕死の雲海に駆け寄り、左手に抱きかかえてた。


「雲海さん、起きて。あなただけでも生き残って」


「マリモさん…」


 戦意を取り戻したマリモの身体は金色のうねりに包まれていた。

 癒しの力。

 雲海の腹部の出血は止まり、傷が塞がる。


「あなたは…弥勒菩薩様ですか」


 雲海の言葉。


「そんなんじゃないよ。いいから、あたしが戦ってるうちに、逃げて」


 マリモは雲海の頬にキスをした。


「させるか!」


 邪鬼皇(キング)が、残された左手を使い、全身の魔力を膨れ上がらせ、マリモと雲海めがけて、閃光弾を放った。


 光と共に爆裂音が響き渡る。地面が吹っ飛ぶ。粉砕した岩山の破片が宙を舞う。音が失われた。視界は白く染まった。数秒差で響き渡る轟音…。


 吹き飛ばされゆく景色の中で、雲海は半径2メートルほどの円弧に包まれていた。その空間だけ、風ひとつ起きず、塵ひとつ舞い上がらず、時間が緩やかに流れていた。


「雲海さん。生まれ変わったら、あなたと恋をしたいな」


 そう言葉を告げ、マリモが邪鬼皇(キング)に向かい突進する。


「らぁぁぁぁああああああああああああ!」


 甲高い女戦士の掛け声と共に、その刃は、邪鬼皇(キング)の頸部を深く貫いていた。


「な…に…」


 噴出した青い血飛沫が雨と混ざり合い降り注ぐ中、後頭部から突き出したその刃先を確認するかのように、邪鬼皇(キング)は、痙攣しながら血走った瞳を左右に動かしている。


「くそ…桃太郎め…この私が…私が…倒されるなど…あっては、なら…ない…鬼ヶ島ごと自爆して…くれるわ」


「やはり…そうきたか。ただじゃ帰してくれないよね」


 音のない世界。


「さようなら。雲海さん」


 マリモの最後の言葉が聞こえた気がした。


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 雲海を包む円弧―マリモが彼を守るために具現化させた防壁―の中、雲海は静かに朽壊してゆく景色を見ていた。


「さようなら。マリモさん…いえ、勇敢な桃太郎」


 雲海の頬を濡らす涙。


 真っ白な世界。

 消滅。

 雲海を残して鬼ヶ島の全てが消滅していた。


 嵐は過ぎ去った。

 決戦の勝敗はついた。

 静寂が包み込む。


 円弧状の防壁は、島を失った海面をただ、ただ、漂っていた。


「勇敢な女性に命を救われるのはこれで何度目か」


 雲海は涙を法衣の裾で拭いた。

 いつしか雨は止み、雲の切れ間から日が差し込んでいた。

 海は穏やかだった。


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 雲海は自室のコタツで目を覚ました。目の前には剥きかけた瑞々しい香りの桃が皿に乗っている。


「ふむ。桃を食べようとしたら寝ていたようだ」


 桃を齧る。甘い。甘かった。甘すぎて涙が出てきた。こんな経験は、雲海にとって初めてだった。


(いつか別の場所で出会えたら…今度は、あたしを守ってね)


 桃太郎…マリモの声が聞こえた。ような気がした。

次回は浦島太郎に会って…?

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