プロローグ
それは一瞬のことだった。ただ無心に駆けた私を、大きな走る鉄の塊が跳ね飛ばした。とてつもない衝撃が体中を襲い、ぶつかった地点より少し先へ無様に転がる。不思議と痛みはなく、その代り抗い様のない眠気に襲われた。目の前には私の「ご主人」が慌てた様子で何かを叫びながら私の体を揺さぶっているが、反応しようにも身体はピクリとも動かすことができない。
ついにはぽろぽろと大粒の涙を流してしまうご主人を見て、驚いたためかほんの少し意識がはっきりし、声が聞こえるようになった。
「うぅ・・・ぐすっ、ごめんね・・・僕のせいでぇ・・・っ」
―――ううん、君のせいじゃないよ。だから泣かないで
声に出せないので、心の中で答えた。けれども当然、目の前のご主人には届くはずはない。
「えぐ・・・ひっく、お願いだから死なないで・・・っうわあぁぁぁぁぁん!!」
―――参ったなぁ・・・泣き止んでくれないや
―――どうしよう・・・だんだん、眠く・・・なっ・・・て・・・
あぁ、私死ぬんだな・・・そう思うと、次々と楽しかった思い出が蘇る。捨てられていた私を家族同然に可愛がってくれたご主人には感謝してもしきれない。たまに意地悪なこともされたし、言葉が通じないゆえに苦労したけれど、私はご主人が大好きだった。いろいろな場所へ連れて行ってもらったし、教えてもらった。
日中はご主人は「がっこう」というところに行ってて遊べなかったけれど、夕方になればすぐに私を連れ出して暗くなるまで遊んだよね。たまに遅くなりすぎてお母様に叱られてご主人は半べそかいてたけど。
夜になればおいしいごはんを食べて、私をお風呂にいれたよね。私、あれあんまり好きじゃなかったんだよ?でも寝るときに私を抱くご主人の温もりは大好きでした。
―――ほんとに・・・ほんとに幸せだった。
でもそんな幸せな日々も今日で終わり。大変残念な形でのお別れだけど、どうもこの強烈な眠気には抗える気がしない。
ご主人様。もし私が生まれ変わったら、その時もまた仲良くしてください。そして願わくば、今度はご主人と同じ「人間」として生まれ変われますように。
そう願いながら、私は瞼を閉じた。
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