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前編


ジェーンは誰もが見惚れるほど美しい娘だ。

だが世界中の乙女達が羨む美貌も彼女本人には全くの無意味どころか、厄介な代物だった。

幼い頃に親を亡くし叔父夫婦の男爵家の元で育ったジェーン。

しかし貴族という名だけにすがり続ける男爵家は内実火の車で、彼女は使用人の代わりにこき使われていた。


そして年頃になると裕福な商人の妾として大量の金貨と交換で差し出されることとなったのだ。

ジェーンの美貌はさぞや高く売れただろう。


彼女を売り込む為に連れ回されたパーティーで多くの男からの求婚があり、格上の貴族から正妻に迎えるという話もかなり来ていた。

しかしジェーンを嫌う叔母がそれを許しはせず、最上の援助を約束した商人の妾の一人となることが決まったのである。


だが実際ジェーンは少し安堵していた。

成長していく毎に彼女を見る叔父の目付きや触れる手付きが怪しくなっていたからだ。


金でジェーンを買った商人の方が、叔父の相手をするよりも余程マシというものだ。

大人しく連行された商人の家で、ジェーンは覚悟を決めていた。

妾であっても自分の居場所は作れるだろうか?

そればかりが心配であった。


だが商人は待望のジェーンを抱くことなくその日の内に死んだ。


商人の家へ賊が入ったのだ。

賊達は家人を次々に斬り殺し金目の物を物色し、家に火を着けて回る。


寝室で商人の渡りを大人しく待機していたジェーンがその異変に気付いた時には、既にそこは想像を絶するような地獄絵図と化していた。

あまりの恐ろしさに思わず物置へと隠れた。

火は確実に大きくなっている。

しかし賊達は未だに金目の物を集め、逃げ惑う人間を楽しげに斬っていた。


悲鳴と笑い声。

極度の緊張と恐怖に神経の糸は目一杯張りつめ、震えを抑えることが出来ない。

見つかれば命はないだろう。

未捜索の場所が賊達により次々に明かされていく。

その音は段々近くなり、喧騒もより一段と大きくなる。


――――ギィ


物置の扉が鳴った。

もう駄目だ。

そう思った瞬間、物置の暗闇に光が差し込んだ。


そこに現れたのは酷く凶暴そうな大男だ。

鼻も口も大きく左右は不揃い。

右目は潰れそこから顎にかけて走る大きな刀傷が化け物染みた気味悪さを醸し出している。

紛れもなく賊に相応しい容貌でジェーンを睥睨する大男。

何か言っている気がしたが、それを聴き取るほどの余裕は残っていない。

ジェーンの頭など一握りで砕けそうな巨大でゴツゴツした手がこちらへ迫る。


「いや………来ないで……いやっ」


紡いだ拒絶に一瞬動きが停止ように思ったがすぐにジェーンの頬へ届いた。

ヌルッとした感触が頬へ伝う。

それがなんなのか彼女は知っていた。

大男の手に滴っている血だ。


どこもかしこも血塗れの大男が、ジェーンに触れる。

今から己の血も大男の装飾として彩られるのだろうか。


緊張と恐怖が振り切れ、意識が遠くなる。

そのまま目を覚ますことなく殺されるかもしれない。

奴隷として売られているかもしれない。

ここで気絶してしまうのは良い判断ではないだろう。

しかし今はただただこの恐怖から逃避出来ることがありがたかった。


最後に見る大男の醜い顔が何故か焦っているように見えた。




*****


目覚めると質素な部屋の質素なベッドの上だった。

商人の屋敷はおろか、貧乏な男爵邸でさえもっと広かった。


一体ここはどこなのかと脳をぎこちなく動かすが、答えは出ない。

外へ出ても危険はないかを考えあぐねている内に部屋の扉が開いた。


「ひっ…………」


現れたのはあの時の大男で、自分が助かった訳ではないことを悟った。

今は血にまみれてはいなかったが、やはりその顔は化け物そのもの。

大男は小さく漏れた悲鳴にピクリと止まった。


「起きていたのですね………」


大きな図体でえらく頼りない声が飛び出したが、緊張状態のジェーンにはそんなことはどうでも良かった。

布団を口元まで寄せガタガタ震えながら大男の動向を注視する。


「ご気分はどうですか? 水をお持ちしましたのでどうぞ」


何故か敬語で喋りかけられ、馬鹿丁寧な仕草で差し出される水。

あまりにアンバランスなその様子に恐怖は益々募り、再び涙を浮かべて小さく悲鳴を上げてしまった。


「………ここに置いておきます」


ジェーンの怯えように怒るでもなく、目を伏せ肩を落としサイドテーブルへと静かにコップを置いた。

怯えの中でも、おや?と一瞬感じる違和感。


「私の名はロイ。貴女を此処へお連れしたのは私です。しかし決して危害は加えません」


穏やかな声だが、少し震えているのにようやく気付く。

翌々見ると恐ろしいと思っていた形相はただ緊張で強張っているだけのようにも思える。

大男がジェーンのような娘のどこに緊張しなければならないのか理由はサッパリだが、見えるものは見えるのだから仕方ない。


危害を加えないと言われたからだろうか。

そうかならば安心だと思えるほどおめでたい頭はしていないと自負するジェーンだが、不思議と恐怖がじわじわではあるが引いてくる。


よく考えるとこのロイと名乗った大男の態度は丁寧で紳士的。

血塗れで出会ったあの時も、特に何かされたわけでもないようだ。

もしや賊というのはジェーンの単なる勘違いではないかという考えが浮かぶ。

容姿が恐ろしいからと勘違いしたのであれば、それはかなり失礼ではないだろうか。

意を決して手繰り寄せた布団から顔を出し渇いた口を開く。


「あ、あの……」

「っ! は、は、は、はいっ!」


目の前の大男から動揺した返事が返ってきた。

巨体をモジモジモジモジさせて不気味さを発生させているが、ジェーンにとっては恐怖を和らげる効果があった。

これならそこまで恐くはないかもしれない。


「お水、ありがとうございます」

「いえっ! あ、はい、いや、いえ……」


落ち着かないロイとは逆にジェーンは完全に落ち着き彼に微笑みを向ける。

頭を掻いたり服の皺を伸ばしたりと意味なく忙しかったロイの動きがピタリと止まる。

まるで信じられないものを見たとばかりにジェーンを凝視したまま固まってしまった。


「ロイさん? 大丈夫ですか?」

「……はっ! は、は、はい! 大丈夫です! ロイです!」


ビシッと背筋を伸ばして何故だか自分の名を叫んだロイ。

その後も「ロイ……ロイ……ロイ……」と自分の名をぶつぶつ呟き続ける様は異常な光景だった。

一向に現実へ戻る気配のない彼にジェーンは首を傾げつつ話を進める。


「それで、ここはどこでしょうか?」

「あ、こ、ここは宿場です。このような粗末な場所にお連れして申し訳ありません」


宿場というものに入ったことのないジェーンは再度辺りを見回して関心する。

どうりでベッド以外何もない部屋だと思った。

しかし何故あの惨状の場から宿場に移動しているのだろうか?

ロイが連れて来たと言っていたが何故?

商人の家はどうなったのであろうか?

ジェーンの頭に次々と疑問が浮かぶが、まずは一番肝心のことを訊かねばならない。


「あのロイさんがあの時私を助けてくれたのですか?」


そうならば命の恩人になんて失礼な態度をとってしまったのだろう。

きちんと謝罪と感謝を示さねば。


「いいえっ! 違います」

「え、違うのですか?」


てっきり決めつけていたジェーンは拍子抜けしてしまう。

だったらロイは誰だろうか?

賊ということはなさそうだが。

こんな丁寧な賊など居ないだろう。


不思議そうにしているジェーンに、ロイは真剣で、どこか悲しそうな目を向ける。


「私は、そのようなものではないのです。私は、私は………咎人……盗人です」

「………え?」


サッと背筋が寒くなる。

まさか、この人が?

少し前までその風貌は賊に違いないと思っていたのに、会話をした今では信じられない。


「随分前から計画していたのです。残念ですが貴女はもう私のモノです」


こんな時だけロイは弁舌に語る。

潰れた右目の代わりに左目の眼光は凄まじい。


「決して逃がしはしません」


ジェーンはなんだか鎖でグルグルに巻き付けられたかのような窮屈さを感じた。



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