ちょっとした家族の話(4)
「そちらに座りになってください。私はあなたと話がしたかった」
男はイスに座っており、対面のイスにリリーを促した。リリーはそれに従う。
「まず、確認したいことがあるのです」
男の声がそう言う。リリーはそれに対し、先をうった。
「たぶんですが、あなたが、お考えになっている通りですよ」
男は「そうか」と小さく頷いてから、
「やはりあなたは、魔法使いでしたか」
「そうです。…お気づきになられていましたか」
「ええ、一目会ったときから気づきましたよ。あなたからは大量の魔力の気を感じた。あなたは熟練の魔法使いだ」
「いえ、そんなのじゃないですよ」
リリーはどこからともなく、三角帽子を取り出した。
「あなたの感じている魔力というのは、ここからのものです」
「はて…」
「これは、母が使っていた帽子なんです」
男はリリーの取り出した三角帽子をしばらく見つめ、「ふむ」とだけ小さく言う。
「僕も、聞きたいことがあります」
「どうぞ、なんでも聞いてください」
「あなたのご家族は?」
男は微笑を一つ、
「あなたが、お考えになっている通り。です」
外の風が強くなり、雨が窓を強くうつ。
男はその様子を眺めながら、続ける。
「私の家族は既にいません。爆撃に巻き込まれてしまいました」
「あなただけが、生き残った?」
男は、窓からリリーに振り返る。その表情は穏やかだった。
「その質問の前に、私の身の上話から始めてよろしいですか?」
「構いませんよ」
では、と男は語り出した。
「私は根っからの仕事人でした。だからよく家を開けていた。家のことは全て妻に任せっきりで、子ども達と遊ぶことも全然できなかった。たまに家に帰ってきても、私はこの部屋で食事をして、すぐにまた家を出る。そんな感じだったのです。」
「きっと、子ども達は寂しい思いをしていたのです。私はそれを感じていた。だけど、それでも私は仕事に精を出した。これは、家族のためだ。って、その思いでね」
男はそこで一旦区切り、微笑ましかった過去を思い出すような、優しい笑みをたずさえる。
「ある日、私はこの部屋で休んでいるとき、子ども達がおずおずと言ったのです。『お父さん、海につれていって』とね。私は驚いたよ。だって、子どもたちは私に明らかに距離を置いていた。きっと、子ども達なりの私への気遣いだったのです。いつも忙しく働いている私を休ませてあげようと。そんな子ども達が、そんなことを言ったのです」
「あなたは、それになんと答えたのですか?」
もちろん、と男はにこやかに、
「私は約束しましたよ。海に行こうと。次の仕事が終わったら長い休みをとるから、そしたら、何度も海につれていってあげる、ってね。すると子どもたちは喜びました。妻も一緒に喜んでくれたなあ」
男はふーっと一息ついてから、続ける。
「そして、私は仕事にでた。夜が更けた頃に私は家を出ないといけないのに、その日は息子達が妻と一緒に見送ってくれたんだ。『それじゃあ、いってくるよ』『いってらっしゃい』、そのやりとりが本当にいいものだと私は感じた。──あたなは、」
と、男はリリーのことをまっすぐ見つめる。
「私だけが生き残ったか、という質問をした。その答えは、半分がそうで、半分がそうではありません」
「あの、それはどういった意味でしょう?」
リリーは素直に疑問を口にした。
「私は確かに、爆撃からは生き残りました。運がよかったと言えばいいのか分かりませんが、私はそのとき仕事先にいて、その仕事先でこの町が爆撃をうけたことを知りました。私は急いで戻った。そうしたら、私の家があったこの場所には、ただの瓦礫の山と立ち昇る黒い煙しかなかったのです」
「とすると、この家は?」
「この家は私の魔法です」
リリーはすこし驚いた。
「私の記憶をベースにして、この家を再構築したのです。この家は私の記憶に忠実だ。私があなた方を通した部屋、そこは殺風景だと思いませんでしたか?」
リリーは思い返す、質素なテーブル、棚、簡易ベッド。
「あそこはね、もともと息子の部屋だったんです。しかし、私には息子の部屋に入ったという、しっかりとした記憶がなかった。なので、曖昧な部屋となって再現されてしまった。それに、情けないことにあなた方を通せる部屋は、こことその部屋だけなのです。それは実際にあなたの目で、確かめてみるといいでしょう」
「そう、だったんですか」
「実はと言うとね、ここまでは、私の考え通りだったんです。家をしっかりとイメージすることができなかったのでね。しかし、一つだけ大きな誤算があった」
「誤算?」
男は一瞬、寂しそうな表情を見せた。
「家族がいないのです」
そうして男はまた笑う。それは自嘲するような笑みだった。
「自業自得だと思われるでしょう。しかし、家族が亡きものになってしまってから、私は後悔したのです。だから、自分の力を頼りに、再び、家族達と暮らしていこうという想いからこの家をつくった。また新たな、今度はしっかりとした思い出をつくるために。それが、ただの記憶でも、幻でも、そんなのは関係なかった。私は家族と暮らせればそれだけでよかったんだ。…しかし、家族はこの家に帰ってきてはくれない。私は、家族と共にこの家で過ごした記憶が、全くなかった。それで私は絶望した」
長くなってしまってすみません、と男は謝る。
「いいんです、そこまで話して頂いてありがとうございます。最後に、一つ聞いてもいいですか?」
どうぞ、と男はにこやかに頷く。リリーは聞いた。
「あなたも、その記憶の一部なんですね」
男はそのままにこやかに、そうです、とだけ言った。
それから、ややあって男は立ち上がる。
「お茶でもいかがですか?」
リリーはお願いします、と頭を下げる。心の落ち着くお茶の香りが部屋に漂い始めた。
「ハーブティーです。妻はよく私にこれを出してくれた。私はこの香りを嗅いで、妻の記憶を微かに感じることができます」
「とてもいい香りです」
「それはそうです、自慢の妻が淹れてくれるお茶ですから」
と、男は機嫌のよさそうに笑った。
「私の行動も、私の記憶そのものです」
お茶を飲んで、すこしリラックスした頃、男は静かに話し出した。
「私はこれから、この家を出なくてはなりません。仕事に行かないといけませんからね。そうして、夜が明けてから日が暮れる頃、私はまたこの町のこの家に戻り、家族の帰りを待ちます。ずっとそうなのです。これからも、ずっとずっとね。──あ、心配しなくても大丈夫です。私が離れても、この家はなくなりませんから」
男は冗談ぽくそんな事を付け足し、リリーはよかった、と露骨に胸を撫で下ろした。
「それにしても、不思議なものだ」
男は天井を見つめ、呟く。
「こうやって私は、見ず知らずの旅人の方に、こんな身の内話をしている。でも、この話はただの私の記憶の内であって、それ以上のなにものでもないのです。ほんとに、不思議だ」
それから二人は黙っていた。そこに漂うのは気の重い空気ではなく、どこか充実したような、解放されたような不思議な感覚。しばらくして、そんな空気を破ったのは、リリーの空になったカップをテーブルの上に置く音だった。
「ごちそうさまでした」
「いえ。それでは、私はそろそろ仕事に行かなければ、」
と、立ち上がる男を、リリーは止めようとする。
「あの、あとすこし、時間はありますか?」
男は驚いたようにリリーを見つめて、あとすこしだけなら、と言ってから再びイスについた。
「僕はあなたに、お礼をしなくてはいけません」
「お礼、ですか? いや、お礼をしないといけないのは私の方だ。あたなは私のつまらない話を聞いてくれた。それだけで私は嬉しかったのだが…」
リリーは、母のものだったと説明した黒い三角帽子を、自分の頭に被せた。
「なにをする気ですか?」
男はすこし不安になり、そう尋ねる。
リリーはそれに対して、笑顔を向けるだけ。男はさらに不安になる。
「あの、旅人の方?」
「目を、つぶってもらえますか?」
「目をつぶるのですか?」
「そうです、僕が3秒数えます。その間だけ、目をつぶっていてください。あなたに、それができますよね?」
男は訝しげに三角帽子を被ったリリーのことを見つめて、それから。
「分かりました。旅の方が3秒数える間、目をつぶればいいのですね」
「はい、お願いします」
男は、最後にリリーの姿を確認してから頷き、目をつぶる。全てが真っ黒となる。リリーの声だけが、男の耳に落ちてくる。
「すこし驚かれるかもしれません。しかし、あなたならきっと戻ることが出来る」
「戻る?」
男はつい、目を開けようとしてしまうが、思いとどまった。リリーの声が、男の不安を緩和させる。
「あなたがそれを望めば、戻ってこれます。──ひとつ」
男は覚悟を決めた。
「──ふたつ」
体が軽くなるのを男は感じた。自分自身の存在について考え、男は自嘲気味に笑みを浮かべる。
──みっつ
なんだろう。と男は考える。浮遊感。手と足を延ばす。そこはとても広い空間、だけどどこか懐かしい。どこか、懐かしい声。
──お父さん。
?
──お父さん。お父さん。
なんだい? という言葉が自然に出ていた。
──ねぇ、お父さん。海につれていって
男は、目を開けた。そこに広がる光景を見つめる。
「ああ、そうだね。約束しよう…」
男は優しく、微笑んだ。
長くて暗い廊下、雨の音が外から聞こえる。リリーはその廊下の中心に立っていた。そして、目の前にある扉を見つめ、取っ手の部分に手をかけ、思い切ってそれを開けた。
「なるほど」
部屋があるはずのその場所には、壁、天井床全てが黒くて、何もない空間がそこにあった。
次回で、第一話の最後となります。




