ちょっとした家族の話(2)
長い時間がたったような気がした。しかし実際には数分の程度だろう。
建物の中からリリーが戻ってくる、その表情を見て、シェリムはすこし機嫌を損ねる。
「ひどいものだ」
シェリムは「そう」とだけ返した。
「中はそこらじゅうが焼け焦げていたよ、食べ物も全部だめだった」
リリーはそのまま歩きだし、シェリムは続く。
「焼け跡を見ていて気づいたことがあるんだけど、あれは人工的に起きた火災ではないね」
「それってつまり」
「うん、魔法だよ。魔法使いがこの町にいたんだ」
リリーの声のトーンが僅かに上昇していた。しかし、それに反比例するような声色でシェリムは返答する。
「…それはそうよね。そうでもなければこんな酷いことになってないわ」
シェリムは明らかに機嫌を悪くしている。リリーはそれを感じとって、すこし気まずくなった。
「大丈夫よ」
シェリムはこちらに見向きもせず、進行方向をまっすぐ見ながらそう言って、こう続けた。
「それぐらいどうってことないし、リリーが変に気にすることでもない。…それに、そうね。もしかしたらリリーの仲間がまだ此処にいるかもしれないわね」
リリーはすこし考えてから、「うん、ありがとう」と言った。
それから半日、リリーとシェリムは町中を歩き回った。まず、商業区域から居住区域に移動した。そこには家と思わしき建物が幾つも並んでいたが、どれもが酷い有り様で原型を保ったものは一つもなかった。集中的に攻撃された場所がこの区域だったということが想像できた。その次に、町の中心となる行政区域へと向かった。そこは居住区程ではないが、酷いダメージを受けていて、そこにも生存者を見つけることは出来なかった。結局、この日は町の生存者を見つけることは出来なかったのだ。
そうして、一人と一匹は夜を、迎える。
リリーとシェリムは公園の中にいた。それほど大きな公園でもなく、芝生は伸び放題で、手入れが疎かになっていたことが窺える。
「ああ、ホテルが無傷だったらよかったのに」
「本当だね」
リリーはたき火に木をくべながら、心から同意した。辺りは真っ暗闇で、今ある光はたき火から漏れるそのものだけだ。空は厚い雲に覆われていて星があるのかも分からない。なぜかすこし、不安になった。
「ねぇシェリム、明日は雨かな?」
「んー、微妙なところね」
シェリムは自分の毛を舐めながらそう言う。シェリムの天記予測は結構な確率でアテになるのだ。
「雨は、嫌だなぁ」
「あたしもよ、ほんと嫌。毛がずぶ濡れで歩きにくいったらないわ」
リリーはどこからともなく、黒い三角帽子を取り出した。そして、被るのとは逆向きにしてから、そこに手をつっこむ。
「ねぇリリー、明日はどうするの?」
「そうだね、まだ探索をしてない個所が残っているからそこを見学して生存者を捜そう」
「望み薄よ」
「うん、でもまだ分からないよ。確率はゼロじゃないし。はい」
三角帽子に突っ込んでいた手を抜くと、そこには一つの缶詰が手の中に収まっていた。その缶詰をシェリムに渡そうとする。
「開けれないわ」
「ああ、ごめん」
丁度近くにあった棒状の鋼のようなものを拾い、缶詰を開けてからシェリムの目の前に置いた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
はぐはぐと美味しそうにフードを食べているシェリムを見ながら、リリーも自分用の携帯食料を取り出して、口に運んだ。あまり美味しくはない。
「海があるよ」
食事を終えた頃、リリーは地図の切れ端を見ながら言った。
「うみ?」
「うん、そう。海。シェリムは海を知らないか」
「美味しいのかしら…」
「食べ物じゃないよ」
「あら、そう」
「あ、でも」
リリーは思い出したようにそう言って、さきほどシェリムが夢中で食べていたフードの缶詰を指さす。
「それに入っている魚は、その海で採れたものかもしれないね」
「そうなの…」
と、シェリムはまじまじと缶詰を見つめながら「よく分からないわ」といった表情を浮かべていた。
「実際に見てみるのが早いよ。きっと驚くと思うな」
「楽しみね。…ねぇ、それはどういったものなの? 事前知識が欲しいわ」
うーん、と唸ってから。
「とにかく、大きくて、広くて、青いんだ。そして気持ちがいい」
「やっぱりよく分からないわね…。でもそれって、空みたいなものなのかしら」
「いい線をいってるよ。空みたいなものだ」
シェリムはその顔に笑みを浮かべながら。
「空は好きよ。きっと、うみとやらも気に入るわね」
「うん、きっと気に入るよ。──さて、そろそろ寝よう。明日のために体力を回復させないと」
持っていた地図を三角帽子の中に入れて、代わりに布団が飛び出てくる。それを敷いてから、
「火は消すよ。一応ね」
「分かったわ」
シェリムはリラックスしていた姿勢を正して、リリーの方にトコトコと向かってきた。リリーはたき火に土をかけ、火は次第に弱くなっていく。
「明日、誰か見つかるといいわね」
リリーは布団の上に横になると、耳元でそう囁く声がした。背後に小さな温もりを感じながら、
「そうだね。それを願おう」
光は次第に弱くなる。
「それじゃ、おやすみ。シェリム」
やがて、辺りは暗闇に閉ざされ、聞こえてくるのは穏やかな寝息だけとなった。




