奇跡
小さな教会があった。
それは、都心部からすこし離れた場所に立つ小さな小さな教会だ。木造で出来たその教会は、至るとこに傷跡があり、お世辞にも立派な建物とは言えない。
そんな教会の中に、二人の影があった。一人は小さな子どもだった。汚れた黒いローブのようなものを全身にまとっているため、性別は外観からは分からない。そしてもう一人は年老いた男だった。
「もう、時間がない」
男は深刻な表情で呟く。すると、子どもは男の方へ視線を上げるようなしぐさを見せた。
「大丈夫、心配することはない」
男は身をかがめ、ぐしゃりと表情を歪めた。これは、彼なりの笑顔なのだろう。
「いいかい、よく聞くんだ。今から私は、お前に奇跡を託す。なぁに、怖いもんじゃない、すこし目をつぶっていればあっという間さ、いいね?」
子どもはしばしじっとしてから、ゆっくりと頷いた。
「いい子だ。それじゃあ、私が三つ数える間、目をつぶるんだ。いいかい?」
子どもは、ゆっくりと目をつぶった。
「ひとつ」
外で小さな悲鳴が響く。
「ふたつ」
そして、その悲鳴はすぐに断末魔へと変わる。
「みっつ」
しゅとん、と子供が着ていた黒いローブが地面に落ちて、そこから小さな黒い影が飛び出した。男はその影に向かって言い放った。
「さあ、行きなさい。私はお前を愛しているよ」
次の瞬間、教会の扉が大きな音をたてて開いた。装甲服を着た兵士が3人ずかずかと内部へ侵入してくる。
「さて、来なすったか」
男はそう呟いて、悟ったような瞳で3人の兵士を見渡した。一方、兵士達の顔は面当てがしてあり、どのような表情をしているのかは見かけからは判断できない。
「此処に残っているとはな、探す手間が省けたよ」
兵士はその言葉が終わると同時に男へ何かを向け、男はそれを見て両手を広げた。教会内に光が充満した刹那、乾いた爆発音が辺りに轟く。男は崩れるようにして倒れる、胸部からすこし下にずれた場所にぽっかりと穴が開いていた。
「よし、次だ」
一人の兵士がそう言い、今や人形のように横たわった男に背を向け歩きだす。それに倣うかのように二人も歩き出し、兵士達は教会から去って行った。
束の間の出来ごとの末に、男がゆっくりと動き出す。彼はまだ辛うじて息をしていたのだ。しかし、その口から言葉を発することはもう不可能だった。だから彼は天を仰ぎ、思考するのだ。あの子がかつて言った言葉を。
──いつか、魔族と人間が仲良く暮らせるようになるといいね。
男は、またぐしゃりと笑った。




