銀行強盗から始まる恋もある?!
なんでこんなことになったんだろう…。
静かで暗い車内。
窓の外を流れる、見慣れた街の景色。
膝の上で組んだ手に、微かに力が入った。
――。
きっかけは、よくあるバイト募集のサイトで見かけた、
一つの募集内容だった。
大学卒業後、特にやりたいこともなくて、実家から通って、
日雇いのバイトを点々とする日々を送ってた。
そんなある日に見つけた、バイト募集。
一日だったし、特に難しいことも書いてなかったし、
気軽な気持ちで応募した。
それがこんな結果を招くなんて、
あの時は微塵も思ってなかった…。
――。
サングラスの男「もうすぐ目的の場所に着く。準備しておけ。」
低く冷たい声が、車内に響いた。
「…はい。」
小さく返事した。
…本当は断りたかった。逃げたかった。
でも、そう思う頃には、逃げ道なんてなかった。
刻一刻と、目的の場所が近づいてくる。
車が路肩に、静かに止まる。
サングラスの男「手順は前に話したとおりだ。覚えているな?」
「…はい。」
パーカーのポケットの中に片手を入れる。
中の物を握り、微かに手が震えた。
サングラスの男「時間だ。行け。」
顎でクイッと建物を示す。
「…。」
小さく深呼吸し、車のドアを開けて外へ出る。
穏やかな陽射しが、顔を照らした。
自分の気持ちとは、まるで正反対だなと思った。
一度、ため息を吐いてから見上げる。『目的の場所』を。
(はるかぜ銀行…。)
『目的の場所』の看板を見つめ、なぞらえるように読む。
昼間の喧騒が辺りから聞こえる。
子供たちのはしゃぐ声。
サラリーマンの営業電話の声と急ぐ足音。
女子高生たちの恋バナと食べ歩き。
(……はぁ。…今からでも、やめられないかな…。)
辺りの喧騒に、より気が重くなる。
ちらりと後ろを振り返る。
あの車が静かに止まっている。
無言の圧があるように感じた。
(…ダメ、だよなぁ…。)
前を向いて、もう一度、ため息。
陰鬱な気を払うように、首を横に強く振り…
(…やるしかない、よな。)
パーカーのフードを深く被り、
再び、パーカーのポケットに手を入れる。
そして、微かに震える手を無視するように、
銀行の自動ドアをくぐった。
――。
店内には、女性の銀行員が、カウンターに一人。
客は丁度いないようだ。
店内の様子がなにもかも、
あのサングラスの男の情報のとおりだった。
意を決し、ゆっくりとカウンターへと歩みを進めていく。
銀行員の女性「いらっしゃいませ。」
ぺこりと丁寧にお辞儀をしてきて、見つめてくる。
銀行員の女性「本日は、どのようなご用件で…」
女性が言い終えるより早く、
ポケットから取り出したナイフを女性の目の前に突き出した。
「…『金を出せ。全部だ。人は呼ぶな。』」
手はずどおりの脅しのセリフを女性に言う。
…が。
銀行員の女性「…あれ? その声…『晃くん』だよね?」
「……は?」
女性がなにか確認するように、
こっちを不思議そうに覗き込んでくる。
銀行員の女性「やっぱりそう!
同じ大学のダンスサークル仲間だった、晃くんだよね♪」
両手をパチンと慣らし、嬉しそうな笑みを向けてくる。
「…?」
怪訝な顔で、改めて女性の顔を見た。
よく見知った顔だった。
同じ大学の元ダンスサークル仲間だったやつだ。間違いなく。
(…い、いやいやいや!!
でもそんなことを今、考えてる場合なんかじゃない!!!)
「ははっ…ふざけてる場合か?これが見えないのか?」
女性の目の前に突き出したナイフを軽く振って、
女性に強調した。
…しかし、変な汗が出そうだ。
銀行員の女性「あっ、そのナイフもしかして、
マジックのあの引っ込むやつかな?
晃くん、マジック好きだったもんね。」
ナイフをまじまじと見つめて、どこか懐かしそうに言う。
「はぁ?!これは本物だ!マジックなんかじゃねぇ!!」
叫んだものの…女性の変わらぬ態度と懐かしそうな眼差しに、
手に汗が滲み、戸惑い始める。
銀行員の女性「あれからもう3年経ったよね。
晃くんのお母さんは元気?
晃くん、ちゃんと実家に帰ってあげてる?
お母さん、寂しがっちゃうよ?」
懐かしそうに話し始める女性。
「……お前、昔と変わらないな。そういう、心配性なとことか。
大学にいる頃も、そうやって俺のこと心配してたよな、お前。」
ふと、大学時代のことを思い出し、
ナイフを握る力が緩んだ。
銀行員の女性「そういえばそうだね。
あの頃も私、晃くんのこと、色々と面倒見てあげてたっけ。
ところで、今は晃くんって、どうしてるの?
なにしてるの?」
コテンと無邪気に小首を傾げて聞いてくる。
まるで、ただの昔馴染と話してるだけのように。
「今、は…。」
言い淀む。
「……なに…してんだろうな。」
ぽつぽつと呟く。
「……ほんと。なにしてんだろ、俺。」
昔の大学仲間に問いかけられた『今』の自分――。
誇れるものも、誰かに自慢できるものも、
なにもない今の現実が、胸に重くのしかかった。
ナイフを握る手が力なく少し下がり、小さく震える。
銀行員の女性「…。」
俺の手元と、顔を、じっと無言で見つめる。
そして…
銀行員の女性「今日のことは、
知り合いとちょっとじゃれ合っただけって、
上には話しておくから。
早くおうちに帰って、お母さんのことを、
安心させてあげるのがいいんじゃないかな。
ね? 晃くん。」
優しい眼差しで、小首を傾げ、顔を覗き込んでくる。
お前はそうやって、昔から、なにも変わらないんだな。
大学の時も、今も。
俺のこと心配して、声かけて、面倒見て…。
「……ほんと、お前、そういうとこ、変わんねーな。
…こんなことして、バカみてーじゃん…俺。」
カランと音を立てて、ナイフがカウンターに落ちる。
カウンターに両肘をついて、俯く。
「……なんで…こんなことしたんだろうな、俺…。」
呟いた声が震える。
俯いた顔から、小さく涙が零れた。
銀行員の女性「晃くん…。」
遠くから、パトカーのサイレンが聞こえ出す。
奥のバックヤードにいた銀行員が気づいて、
警察に連絡を入れたのだろう。
「……でもさ、こんな形になったけど…
お前に会えて…俺…嬉しかったよ。」
力なく笑う。
上手く笑えてないかもしれない。
泣き笑いになってるかもしれない。
それでもいいから、彼女を見て笑った。
銀行員の女性「……うん。」
見つめて、小さく笑った。俺に応えてくれるように。
………
……
…。
あれから二年――。
冬の寒さも落ち着いてきて、
フキノトウが芽を出し、成長し、
そろそろ桜が咲く時期になった。
「……よしっ。」
勢いよく、ドアを開けて出かける。
ある場所に向けて――。
街のとある公民館の一室。
壁には
『社会人ダンス交流会』
の垂れ幕が下げられている。
広々としたフローリングの上では、
動きやすそうな服装の若い男女が、
音楽に身を任せて楽しそうに体を動かしていた。
その一室の大きな窓のそばで、
一人の女性が水を飲んでいる。
「…やっぱり、ここにいたんだな。」
彼女を確認すると、扉を開けて入り、そばで立ち止まった。
銀行員の女性「あ…。晃くん。来てくれたんだ。」
「…あぁ。」
手に持ったダンスシューズに、少しだけ力が込められる。
「あの日、俺、あんなことして…
お前にも、警察にも、迷惑かけて…
ほんと、ごめん。」
勢いよく、深く、頭を下げた。
銀行員の女性「…晃くん。」
「今、社会復帰できるようにって、色々始めてさ。
…頑張ってるんだ、俺。
今度こそ、ちゃんとダンス…したいと思って。」
足元を見つめたまま、手に持ったダンスシューズをぎゅっと握る。
銀行員の女性「うん。私も、ずっと待ってたよ。
晃くんとまた、こうやって一緒に踊れる日のこと――。」
ゆっくりと顔を上げたら、彼女が、
ふっと、微笑んだ。
室内に、ゆったりとした旋律の音楽が、
再び流れ始めた。
片膝をついて、ダンスシューズに履き替え、
彼女の正面に立ち、まっすぐに見つめる。曇りのない目で。
決意を込めるように、そっと彼女の手を取り…
「もう二度と、あんなことはしない。絶対に。
まっすぐ、前だけ見て、踊るから。」
逸らすことなく目を見つめ、柔らかく微笑む。
二人の笑顔が、視線が、緩やかなバラードの中で、交差した。
春の訪れを知らせるような、
暖かな陽射しが窓から二人を包み込む。
それはまるで、
過去の痛みなど全て溶かしてしまいそうなほどに、
優しかった――。
~FIN~




