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ジュニア冒険者 ユイと夏休みレイド・スクール

作者: 優湊
掲載日:2026/03/29

挿絵(By みてみん)

 わたしはユイ。

 ジュニア冒険者をしている。


 今日は、わたしの誕生日。

 10歳になると、できることが一気に増える。

 

 レイドクエストならひとりで参加できるし、

 パーティーなら友達だけでいつものクエストを受けられる。


 だから、今まで貯めたお金でスマホを買った。

 今日のために。

 

「行ってきます!」

 

「はい。気をつけてね」


 ユイは、ポケットに入った新品のスマホに軽く触れ、いつもより一時間早く学校に向かった。


 夏休みなのに、学校から賑やかな声が聞こえてくる。


「おはよう!」


「おはよー」


 見慣れた校舎。

 でも、雰囲気はいつもとちがう。


 ところどころに屋台が設置され、校門には“ようこそ、まなびやへ!”と書かれたアーチが掛かっている。

 

 校門をくぐると、屋台がズラッと並んでいた。

 ソースの匂いと、甘いお菓子の香りが風に混ざって、ユイは自然と笑みが漏れる。

 

 その奥には見慣れた低学年用の入り口。

 ユイは四年生なので、右に曲がった先にある高学年用へ向かった。


 靴を履き替え、体育館へ。


「ユイちゃん!」


「あ、りっちゃん!」


 同じクラスの女の子。

 夏休み前は、ジュニア冒険者じゃなかったはずなのに。

 ここにいるってことは、始めたんだ。


「よろしくね。せんせい」


「せんせい?」


 思わず聞き返す。


「だって、りかより先に冒険者やってるじゃん?」


「あ、そういうこと! それなら、先輩じゃない?」


「あ、そっか!」


 りっちゃんは、くすっと笑った。


「でも残念。りっちゃんとパーティー、ちがうよ?

 名前、ないもん」


 ユイが言うと、

 りっちゃんは一瞬きょとんとして――はっとした。


「もしかして、気づいてない?」


 そう言って、冒険者アプリ〈ルークス〉を開く。


「わたし、メーメーって名前なの。

 ユイちゃんは分かりやすいよね。まんまだもん」


「え!」


 画面を見る。

 たしかに、同じパーティーに名前がある。


「じゃあ、一緒じゃん」


「でしょ?」


 話しているうちに、

 知った顔がどんどん増えていく。


 一個上の男の子。

 二個上の女の子。

 隣のクラスの子。


 それだけじゃない。

 中学生くらいのお兄さんや、おじいちゃんくらいの人もいた。


 そして、集合時間。

 体育館は、人でいっぱいになった。


「おはようございます!」


 スピーカーから、はっきりした声がした。

 ステージを見ると、三人の女性が立っている。

 大学生くらいで、真剣な眼差しでこちらを見ていた。


「「おはようございます!」」


 体育館いっぱいに、声が返る。


「はい。今日は――」


 一人が、一歩前に出た。


「レイドクエスト《まなびや》に参加してくれて、

 ありがとうございます!」


 少し、ざわっとする。


「わたしはレイドリーダーのミュール。

 こちらはサブリーダーのリュカとワカナです。

 よろしくお願いします」


 三人は頭を下げる。

 

「このクエストは、

 学校を丸ごと使って、遊び、作り、頂き、動く。

 地域に開かれたクエストです」


 別の人が続ける。

 

「皆さんは、参加者ではありません。主催者です。

 もちろん、皆さんも楽しんでください。

 でも、それ以上に――

 来てくれた人たちが、楽しく安全に過ごせるよう、

 それを一番に考えてください」


 テーブルが運ばれてくる。

 その上に、たくさんの腕輪。


「大事な連絡だけ、手短にします」


「この腕輪は、六歳未満の子につけてもらいます。

 学校の外に出るとアラームが鳴り、

 皆さんの端末に緊急連絡が飛びます。


 冒険者、ジュニア冒険者のみなさんは、

 通知が来たら、すぐに向かってください。

 校外で、危険な目に遭わせないように」


 ユイは、少しだけ腕輪に目をやった。


 ―― わたしが親の代わり。


「それでは――

 クエストを始めます。よろしくお願いします!」


 その声と同時に、体育館が動き出した。


「ユイちゃん、こっち!」


「あ、チカちゃん!」


「うん。今日、よろしくね。

 パーティーチャット見た?」


 ユイは頷く。


「調理室に集合、でしょ」


「そうそう。まずは調理からだって」


 ユイは少しだけ深呼吸をして、体育館を出た。



 校舎の中は、一気に慌ただしくなった。


――わたしも急がなきゃ!

 あと三十分ちょっとで、お客さんが来るんだもの。


 ユイはチカちゃんの背中を追い、足早に調理室へ向かう。


「おはようございます!」


 挨拶しながら扉を開けると、調理室の中では五つのパーティーがそれぞれ集まり、作業を始めていた。

 

 声、足音、器具の触れ合う音が重なり合っている。

 ユイは少しだけ周囲を見回し、迷わず中央の集団へ合流した。


「おはようございます。ユイです」


「おはようございます。チカです」


「おはようございます。メーメーです」


 名前と挨拶が一巡したところで、さらに数人が調理室に入ってくる。


「一、二、三、四……七人。そろったね」


 そう言ったのは、ひときわ背の高い女の子だった。

 中学生くらいのお姉さん。

 胸元には、正式な冒険者であることを示す冒険者徽章(きしょう)が輝いている。


「今日のパーティーリーダーをやります。ミサキです」


 きっぱりとした声だった。


「時間がないので、先に確認します。

 ――まなびや、経験ある人?」


 すぐに、何人かが手を挙げる。


「包丁、問題なく使える人?」


 ユイは、少し迷ってから手を挙げた。


「ありがとう。 ……そうだ。

 オルビー、使ったことない人。いないよね?」


 ミサキさんはそう言いながら、調理台を見る。

 そこには、段ボールいっぱいの野菜と、眼鏡のような形をした機器が置かれていた。


 …… クエストでは使ったことないかも。


 ユイが不安に思っていると、ミサキさんと目が合った。

 ミサキさんはすぐに理解したようにうなずいた。


「そっか。じゃあ、ユイはわたしと。

 チカはメーメーと。

 タツヤ、リョウキ、フウジュは三人で」


 みんなの頷きを確認し、ミサキさんが続ける。

 

「この班は、野菜の担当です。

 怪我だけは無いように、注意してお願いします。

 それでは、始めましょう」


「「はい!」」


 ユイは電源ボタンを押して、オルビーを装着する。


「授業では使っているよね?

 クエストでは初めてって感じかな」


 ユイはミサキさんに視線を向け、頷く。


「はい」


「そうよね。じゃあ、真似して言ってみて。

 『オルビー、タスクを表示して』」


「オルビー、タスクを表示して」


 声に反応するように、右側へ情報が展開される。


《キャベツ 20個》

《にんじん 50本》

《玉ねぎ 10本》

《長ネギ 10本》

 ……


 ズラッと並んだ野菜と、

 パーティメンバー全員の名前。


「いいかな。じゃ、始めましょう」


 ミサキさんはエプロンをつけ、手を洗う。


「ところでスキルだけど、包丁術、いくつ?」


「4です」


「へえ。 それなら野菜は問題なさそうだね」


 そう言ってから、少しだけ声を落とした。


「困ったらすぐ言って。

 わたしは他の人も見てくるから」


「はい」


 ユイはにんじんを手に取る。

 オルビーの表示が切り替わる。


《洗ってください》


 指示通り洗うと、


《皮を剥いてください》


 さらに、


《半月切り(焼きそば用)に切ってください》


 次々と、迷いのない指示。

 ユイは包丁を握った。


 ――重い。


 家の包丁より、ずっと長く、重心も違う。

 ふと、ママの言葉がよみがえった。


『はじめて使う包丁はね、

 家の包丁の百倍集中して慎重になりなさい。

 最初は、ほんとうにゆっくり。

 同じ包丁だなんて、思っちゃだめよ』


 息を整え、ゆっくり刃を下ろす。


 トン。


「……え?」


 力をほとんど入れていないのに、にんじんは驚くほどきれいに割れた。


――こわっ。


 胸の奥が、きゅっと縮む。

 包丁を握ったまま、今まで感じたことのない種類の怖さが、手に残った。


「大丈夫?」


 気づくと、ミサキさんがすぐそばに立っていた。


「もしかして、家以外の包丁を使うの、初めて?」


「……いいえ。初めてじゃないです。

 でも、この包丁、重くて、すごく切れて」


 ミサキさんは半歩だけ近づく。


「そう。これは牛刀。

 少しだけそばで見てるね」


 ミサキさんはユイの横に立ち、

 牛刀を持つ手元を静かに見つめた。


「力、ちょっと入りすぎてる。

 刃がいいから、押さなくていい」


 そう言って、まな板の上に同じにんじんを置く。


「ほら」


 軽く、ただ下ろすだけ。

 音もなく、切れた。


 ユイの手は、少しだけ震えていた。


「朝はね、そんなに急がなくていい。

 イベント始まってすぐは、買う人も少ないから」


 その言葉に、ユイは小さく息を吐いた。


―― ゆっくり。慎重に。

 

 ユイはもう一度、包丁を持ち直した。

 今度は、さっきより少しだけ、手の力を抜いて。


 トン。


 今度は怖さよりも、確かな手応えが残った。

 そのとき、向かいの調理台で野菜を切っていた男子が、声を上げた。


「焼きそば用、一盛り終わりました! 運んできます」


「そう。お願い!」


 声と動きが、また一段、速くなる。

 ユイは切ったにんじんを揃えながら思った。


―― これが、レイドクエストなんだ。


 誰かが動けば、別の誰かがすぐに続く。

 ひとつの歌のように。


 ユイは手元に視線を移し、改めてにんじんと向き合うのだった。



 オルビーの表示が、いつのまにか変わっていた。


 さっきまで並んでいた指示の文字が途絶え、

 小さくひとことだけ残っている。


《達成率 100%》


 それを見て、ユイは少しだけ肩の力を抜いた。


 にんじんも。キャベツも。それ以外の野菜も。

 やることは、もうない。


「リリィ、手伝いいる?」


「ううん。もう大丈夫」


「フィレアンは?」


「これで最後や」


月也(つきや)さん、どうですか?

 うちのパーティー、終わりました」


「そうか。お疲れさん。

 ちょっとだけ時間ズレるかもやけど、俺がフォロー入るわ。 先、休憩してええよ」


「ありがとうございます」


「うちも問題なしよ」


 ミサキさんは、周囲のパーティーリーダーたちと手短に確認を取る。


「……うん。

 予定より少し早いけど、休憩にしましょう」


 そう言って、オルビーを顔から外した。


「午後のプールでも使うから、それ持っててね!」


 何人かが、同じようにオルビーを外す。


「休憩だって!」


 チカちゃんが、ぱっと振り向く。


「ユイちゃん、屋台行こ!」


「メーメーも行く?」


「ぷぷっ、いつも通りでもいいよ?」


「じゃあ、りっちゃんで!」


 三人で顔を見合わせて笑い、そのまま調理室を出た。


 扉を抜けた瞬間、空気が変わる。

 廊下はひんやりしていた調理室とはちがって、

 夏の蒸し暑さが一気に押し寄せた。


 昇降口を抜けると、

 まぶしい光と一緒に、音が飛び込んでくる。


 鉄板の、じゅうっという音。

 油のはねる音。

 呼び込みの声。


 日よけで覆われた運動場の周りに、屋台がずらりと並んでいた。


「……わ」


 思わず、声がもれた。

 ユイの視線が、屋台のひとつひとつを追っていく。


 焼きそば。お好み焼き。串カツ。味噌汁。

 冷やし中華。カレー。

 湯気と匂いが、風に乗って流れてくる。

 

「チカ、カレーにする!」


「わたしは、ちょっと見てから決めよっかな」


 ユイは端末を取り出し、〈リグ〉の残高を見る。


―― どれにしよう。ぜんぶ食べたい。


「焼きそば、かな」


「じゃあ、あそこで集合ね!」


 りっちゃんが指さしたのは、

 運動場の端に立つ、金属の柱。


 ユイは焼きそばの列に並ぶ。


「焼きそば1つ、お願いします」


 端末をかざす。


 ピッ。


「はい、ありがとー! まいど!」


 受け取った焼きそばには、

 キャベツ、にんじん、豚肉、小さなきのこ。

 思ったより具だくさんで、触れないほど熱い。


 周りを見ると、同じクラスの子が、校舎よりはるかに高いネットの遊具で遊んでいる姿が見えた。


「お待たせー!」


 チカちゃんとりっちゃんが合流する。


「いただきます」


 三人で声をそろえて、ユイは箸を持った。


 一口。


 おいしい。


 水筒のお茶を飲んで、もう一口。


 食べ終わると、

 かき氷や串カツをそれぞれ買って、休憩を楽しんだ。

 そのとき、端末が軽い音を立てる。


〈そろそろ来てね! 役割、決めたいから〉


 ミサキさんからのメッセージ。


「行こっか」


「うん」「はーい」


 りっちゃんを先頭に、三人並んでプールへ向かう。

 更衣室で水着に着替え、上から薄い上着を羽織る。


「わあ」


 プールは、いつもの光景とはちがっていた。


 大きなテントが屋根のように張られ、

 日差しをやわらかく遮っている。


 半透明の大きなボール。

 空気で膨らませたすべり台。

 浅いプールには宝探し用のおもちゃの石も見える。


「楽しそう!」


 胸が、思わずふわっと浮いた。

 

「でしょ?」


 りっちゃんが得意そうに言う。


「ユイちゃん、初めて?」


「うん」


「じゃあ、今度あそびに来ようよ。三人で」


「いいね!」


「チカの学校もすごいからみんなでどうかな」


「いいね、楽しみ!」


 でも。


 ユイは、ぐっと気持ちを切り替える。

 今日は、遊びに来たんじゃない。


 クエストできたんだ。


 ユイは、プールサイドへ一歩踏み出した。



「はーい、走らないよー」

 

「ふち、歩きすぎ。危ないからねー」

 

「水筒は、そこに置こうか」


 ミサキさんの指示で、ユイは小さいプールの担当になった。

 オルビーは視界を塞がないように、(ひたい)に装着する。

 それも、ミサキさんの判断だった。


「小さい子はね、目と口に注目するの。

 でもオルビーを普通に装着すると、どうしても目を覆っちゃうでしょう。

 だから、いつでも下ろせる位置――おでこがちょうどいいの」


 オルビーの目。

――カメラのことだけれど。

 それは額にあっても、ちゃんと見てくれているらしい。


 というわけで、ユイはおでこにオルビーを付けたまま、巡回を始めた。


「そういえば、りっちゃんは何回目なの? まなびや」


「わたし? えっと……一、二、三……わかんない。

 あ、アプリ見ればいいんだ」


 端末を確認して、りっちゃんは言う。


「八回だって」


「そんなに!? 先輩じゃん!」


「えへへ。そうだね。

 でも、まなびやしかやったことないの。クエスト」


 少し間を置いて、りっちゃんは続けた。


「ママもパパも働いてるから、一緒に行けないし。

 一緒にやってくれる人、いないから。ここだけ」


 りっちゃんは、照れたように、

 でも少し寂しそうに笑った。


「そっか。じゃあさ、今度一緒にクエスト行こ!」


「え?」


「そうだ。りっちゃんは10歳になった?」


「うん、7月7日が誕生日だから」


「そうなんだ。

 ユイも10歳になったから2人でクエストできるよ!」


「ほんと? でもわたし、なんにも知らないよ?」


「大丈夫。先輩に任して!」


 ユイがドヤっと笑うと、

 りっちゃんは吹き出して爆笑した。


 ――そのとき。


「緊急。男の子が溺れてる」


「え……?」


 胸の奥が、ひゅっと冷たくなる。


 りっちゃんは迷いなくオルビーをつけ直し、走り出した。

 ユイも慌てて額からオルビーを下す。

 視界の端には、赤い点滅が現れていた。

 

 りっちゃんも、同じ方向へ走っている。

 ユイも、すぐに駆け出した。


「りっちゃん!」


 りっちゃんは、くるぶしより少し深いプールに入り、

 五歳くらいの男の子の横腹を支えて体を起こしていた。


「ごほっ、ごほ……」


 ユイが追いつく。

 目が合う。

 そのまま太ももを持ち、二人で引き上げた。


「大丈夫? 陸くん」


 オルビーに表示された名前を呼び、呼吸を確認する。

 水を少し飲んだようだが、意識も呼吸もはっきりしている。


 そこへ、男性が駆け寄ってきた。


「ありがとう。先に動かれたね」


 ミサキさんも到着する。


月也(つきや)さん、ここは任せていいですか」


「ああ。大丈夫だ。他を頼む」


「はい。

 ユイ、メーメー、よくやったね。

 ここは一班リーダーに任せて、見守りを続けよう。

 まだ人も多いから」


「はい」


 ユイはうなずき、オルビーを再び額に戻す。

 りっちゃんと並んで歩き出した。


 途中で振り返ると、

 男の子は月也さんに抱えられ、更衣室へ入っていった。


――よかった。


 ユイはしゃがみ、きらきら揺れる水面を見る。

 ふと、何かが光った。


――あれ……?


 腕輪。

 小さな女の子の手首についている。


「……あ」


 少し離れたところで、立ち止まっている子がいた。


 三歳くらいの女の子。

 水着は着ているけれど、まだプールには入っていない。


 ユイは近づき、同じ高さまでしゃがむ。


「どうしたの?」


「こわい」


 女の子は、小さな声で言った。

 視線は、ずっと水面のまま。


「そっか」


 ユイは、水に手を伸ばした。


「じゃあさ。手で、触ってみる?」


 少し考えて、女の子はうなずく。


「……あったかい」


「ね。気持ちいいでしょ」


 女の子はしゃがみ、そっと足を入れた。


「すごい」


 ユイが言うと、女の子はほんの少し胸を張った。


「ほらっ」


「ひゃっ」


 ユイが水をかけると、女の子は一歩下がる。


「ほらほら、もっといくよー」


 きゃっきゃっ、と声が弾む。

 りっちゃんも加わり、三人で笑い合う。


「こういうのも、アリ?」


「うん。もちろん!」


 少し離れた場所で、チカちゃんが別の子と星型や丸型の石のおもちゃを集めているのが見えた。


 やがて、ミサキさんが声をかける。


「ユイ、少し休憩しようか」


「はい」


 端へ移動し、水筒を開ける。

 一口飲む。


 冷たい。


 外は暑い。

 でも、さっきまでいた調理室とは、違う疲れ方だった。


「ねえ」


 さっきの女の子が来た。


「あそぼ?」


 ユイは笑う。


「いいよ」


 プールへ向かって歩き出す。


 水の音。笑い声。はしゃぐ声。

 ユイは思う。


 ――ママとのクエストも、楽しい。

 でも、こういうクエストも、楽しい。

 りっちゃんとパーティーで行くクエストも、きっと。


 切った野菜が、誰かのお昼になる。

 見守った時間が、誰かの楽しい思い出になる。


 ユイは、プールの中で、

 小さな手を、しっかりと握った。



 風が、少し冷たくなったように感じた。

 時刻表示に視線を移すと、4時45分と書かれていた。

 

 夏の空は、まだ明るい。

 けれど、差し込む光はもう昼のものではなかった。


「そろそろ、片付けを始めましょう」


 ミサキさんの声が、オルビー越しに響く。

 ユイはプールの縁に腰を下ろし、水の中をのぞき込んだ。


 底に沈んでいるのは、色とりどりの、おもちゃ。

 丸形や星型をしたプラスチック。

 宝探し用に使っていたものだ。


「最後は、宝探しの続きみたいだね」


 りっちゃんがそう言って、笑う。


「そうだね」


 ユイが返すと、りっちゃんは立ち上がって周りを見渡し、少し大きめの声で呼びかけた。


「片付けを始めまーす。

 宝石を拾ってくれる人、お願いしまーす!」


 その呼びかけに反応して、子どもたちが嬉しそうにプールへ集まってくる。


「ユイちゃん! ブラシ持ってきた」


「ありがと!」


 ユイは、チカちゃんから受け取ったブラシを杖のように持って、プールの床を見つめる。


「ここ、ヌルヌルしてる」


「ほんとだ。こっちも」


 ブラシでこすると、水面に細かな泡が広がった。


 冒険者も、参加者も、区別はほとんどなかった。

 誰かが拾い、誰かが洗い、誰かが運ぶ。

 役割は、指示されなくても自然に決まっていく。


 プールの水がほとんどなくなるころ、

 空は夕焼けに色づき始めていた。


 片付けが終わると、一同は体育館へと向かう。

 濡れた身体を拭き、水着から服に着替えて集まった。


 体育館の中は、朝より少し静かだ。

 全員が揃うと、ステージに朝と同じ女性たちが立った。

 レイドリーダーのミュールが、前に出る。


「本日のクエストは、これにて終了です。

 事故もなく、怪我もなく、無事に終えられたのは、

 皆さん一人ひとりのおかげです」


 ユイは、横に立つりっちゃんとチカちゃん、

 そして前に立つミサキさんの背中を見る。


 視線を戻すと、チカちゃんと目が合った。

 疲れた様子はなく、爽やかな笑みを浮かべている。


「それでは、解散です。

 気をつけて帰ってください」


 人が、少しずつ動き出す。


「パーティーはこれで解散です。みんな、ありがとう。

 また、一緒にクエストしましょう」


「はい!」

 

「今度は屋台やりてーなー」


 男の子たちはそんなことを言いながら、

 別々の方向へ歩いていった。


 ユイは名残惜しそうにステージを振り返り、

 それから、りっちゃんとチカちゃんを見る。


「じゃあ、またね!」


「うん! あ、そうだ。

 さっきの、パーティーの話。組んでくれる?」


 ユイはパッと笑みを浮かべる。

 

「もちろん! あ、チカちゃんも。

 チカちゃん、10歳になった?」


「うん! パーティー? チカも入りたい」


 三人で、友達登録とパーティー登録を済ませる。


「パーティー名、考えないとね」


「だねー。何にしよっか」


「今すぐじゃなくていいよね。

 お風呂で考えよっかな。なんか、思いつきそうだし」


「じゃあ、わたしは寝る前に!」


「クエストの話も、チャットでしよっ!

 また、まなびやでもいいしね!」


「うん!」


 ユイは体育館を出て、もう一度、空を見上げた。

 太陽は、まだ低い位置で光っている。


 ユイは静かに息を吸い、

 校門へと、一歩を踏み出した。

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