第6話:密談
数日後の航海中、海は相変わらず穏やかだった。
快晴が続き、帆は風を十分に受け、黒い錨号は順調に東へ進んでいる。
ジムは朝から船内の掃除を任されていた。甲板を磨き、樽を拭き、船底の狭い通路に溜まった埃や塩を掻き出す。
汗が額を伝い、シャツが背中に張り付く。でも、この単純作業が、逆に心を落ち着かせてくれた。
昼近く、ジムは船底の物置部屋で一息ついていた。
古いロープの束に腰を下ろし、水筒の水を飲む。周囲は薄暗く、ランプの灯りが弱く揺れている。
静かで、波の音だけが遠く響く。ここなら、誰にも邪魔されずに休めると思った。
だが、その静けさを破るように、足音が近づいてきた。
三人の船員が入ってきた。
ケローネの古い仲間たち――名前はジムも知っている。
一人目は大柄で髭の男、ビリー。
二人目は痩せた若い男、トムソン。
三人目は無口な黒人の男、サム。
彼らは部屋に入るなり、周囲を見回し、扉をそっと閉めた。
「ここがいい。ここなら誰にも聞かれる心配はねえだろう」
ビリーが低い声で言った。
ジムは慌てて身を縮め、ロープの陰に隠れた。
心臓が激しく鳴る。息を殺し、耳を澄ます。
「しかしよう、本当かよ……」
トムソンが不安げに呟いた。
「ああ、ケローネの言うにはこうだ」
ビリーが答える。
「そんな酷いことがねえ……」
サムが珍しく声を上げた。
いつも寡黙な男が、震えるような声を出した。
「船長の言うことだから、従うしかあるまい」
ビリーが吐き捨てるように言った。
ジムは身を固くした。ケローネの言うこと?
船長……ケローネのことか?
何の話だ?何が「酷いこと」なんだ?
会話は断片的で、肝心な部分が抜け落ちている。ジムはもっと聞きたくて、そっと身を乗り出した。
ロープの隙間から、三人の顔が見える。皆、深刻な表情だ。
だが、その瞬間――
足元に転がっていた空のラム酒の瓶に、ジムの靴先が当たった。
カラン……。
小さな音が、狭い部屋に響いた。
三人が一斉に振り向く。
「誰だ!」
ビリーが低い咆哮を上げ、手を腰のナイフに伸ばした。
トムソンとサムも身構える。
ジムは凍りついた。
見つかれば、何をされるかわからない。隠れたまま、息を止める。
その時、別の足音が近づいてきた。
「おい、ここにいたのか!何サボってんだよ、仕事が溜まってるぞ!
甲板のロープが絡まってるし、帆の補修もまだだ!さっさと来い!」
入ってきたのは、もう一人の船員――ケローネの古株の仲間、ジェイクだった。
彼は三人に気づき、眉をひそめた。
「……何だ、こんなところで密談か?
ケローネの旦那が呼んでるぞ。早く行け」
ビリーは舌打ちをし、トムソンとサムを促した。
「ちっ……続きは後だ」
三人は渋々部屋を出て行った。
ジェイクもすぐに後を追う。
ジムはようやく息を吐き、壁に背中を預けた。
体が震えていた。助かった。
だが、心の中は嵐のようだった。
「ケローネの言うにはこうだ」
「そんな酷いことがねえ」
「船長の言うことだから従うしかあるまい」
何を企んでいる?
ケローネは本当に味方なのか?
何か裏があるのか?
ジムは立ち上がり、瓶をそっと拾って元の場所に戻した。
胸に手を当て、複製地図の感触を確認する。まだここにある。誰にも渡さない。
だが、あの会話がきちんと聞こえていれば――
この後に宝島で起こる出来事は、防げたのかもしれない。
そんな予感が、ジムの心を冷たく締めつけた。
外の甲板では、太陽がまだ高く輝いている。
海は穏やかだ——




