第5話:初めての航海、大海原への旅立ち
翌朝、日の出前にジャマイカの港を静かに離れた。
帆が風をはらみ、船体がゆっくりと揺れながら大海原へと滑り出す。
港の灯りが遠ざかり、水平線が朝焼けに染まる中、ジムは船首に立ち、複製地図を胸に押し当てて海を見つめていた。風が髪を乱し、潮の匂いが鼻腔を満たす。
初めての航海。
初めての自由。
そして、初めての旅—
宝島までは、おおよそ二週間。風向きは良く、天気は快晴が続いていた。
穏やかな波が船体を優しく撫で、帆がパタパタと音を立てる。海鳥が頭上を旋回し、時折水面に影を落とす。
ジムは甲板に立ち、両手を広げて全身で海を感じていた。塩辛い風が頰を叩き、太陽が肌を熱く焼く。
この瞬間だけは、祖父の死の重さも、シルバーの影も、少し遠くに感じられた。
「よお、ジム。そんなところで突っ立ってると、魚みたいに干からびちまうぜ」
背後から野太い声がした。
振り向くと、ケローネが片手にラム酒の瓶を持ち、もう片手に二つの錫のコップをぶら下げて立っていた。
白髪交じりの頭に古びた三角帽子をかぶり、黒い肌が陽光に輝いている。
「こっちへ来て、一杯やらないか?海の男は酒で乾杯するのが礼儀だ」
ジムは少し戸惑った。
「僕……酒、飲んだことないんですけど」
ケローネは目を丸くし、それから大声で笑い出した。
「はははっ! 十五にもなって酒が飲んだことがねえ?冗談だろ、小僧!
海に出るなら年齢なんて関係ねえんだよ!酒が飲めねえと、一人前の男じゃねえぞ!さあ、来い来い!」
ケローネはジムの腕を掴み、強引に船尾の甲板へ引っ張っていった。
そこにはすでに三人の船員が小さな樽をテーブル代わりにして座り、笑い声を上げていた。古いランプが揺れ、ラム酒の甘い匂いが漂う。
ジムは抵抗する間もなく、樽の横に座らされ、コップを渡された。
「まずは一口だ。海の味を覚えろ」
ケローネが瓶を傾け、琥珀色の液体を注ぐ。ジムは恐る恐る口をつけた。
――焼けるような熱さと、甘く渋い味が喉を滑り落ち、胃に落ちた瞬間、むせ返るような吐き気が襲ってきた。
「うっ……!」
船員たちがどっと笑った。
「若いなあ!」「まだ赤ん坊だぜ!」「もう一杯だ、もう一杯!」
ケローネは肩を叩き、にやりと笑う。
「あそこまで言われちまったら、飲めるようにならなきゃ男が廃るだろ?
ほら、次は俺と乾杯だ。トム・ゴールドの孫に、乾杯!」
ジムは涙目になりながらも、コップを掲げた。
「トム・ゴールドに……乾杯」
二杯目、三杯目。
世界がぐるぐる回り始めた。笑い声が遠くに聞こえ、波の音が耳の中で響く。
そして、ジムは突然、意識を失った。
……目が覚めた時、周囲は真っ暗だった。
夜になっていた。船内の狭いベッドに横たわり、毛布が体にかかっている。
頭がずきずきと痛み、口の中が乾いて苦い。隣のハンモックで寝息を立てる船員の影が見えた。
「……ここ、僕の寝床?」
そっと起き上がると、近くにいた船員の一人が気づき、くすくす笑った。
「ようやく起きたか、若旦那。ケローネの旦那が、ここまでお姫様抱っこで運んでくれたぜ。
『あんまり飲ませすぎた』って、ちょっと反省してたみたいだけどな」
ジムは顔を赤らめ、毛布を握りしめた。
「そんな……恥ずかしい……」
「いいんだよ、海の男はみんなそうやって大人になるもんだ。明日からは少しずつ慣れていくさ。
それに、お前はもう一人前だ。トムの血を引いてるんだからな」
ジムは小さく頷き、窓から見える星空を眺めた。ラム酒の残り香がまだ鼻に残り、胃が少しむかむかする。
でも、どこか体が軽かった。海の揺れに慣れ始めているのかもしれない——




