第2話:トムの過去、かつての名声
その夜、民宿の二階の小さな部屋で、ジムは祖父のトムと向かい合っていた。
石油ランプの揺らぐ炎が、壁に長い影を落としている。
外ではカリブ海の波が静かに打ち寄せ、遠くで船の帆が風に鳴る音が聞こえた。
ジムはさっきの男のことを忘れられず、祖父に尋ねていた。
だがトムの表情は重く、いつもの穏やかな老人の顔ではなかった。
「ジム……あの男のことを、知りたがってるな」
トムはパイプをくわえ、ゆっくりと煙を吐き出した。
「いいだろう。話すよ。だが、誰にも言うんじゃないぞ。
これはお前の命に関わる話だ」
ジムは頷き、息を潜めて耳を傾けた。
「まず、地図のありかを教えておく。この部屋の床の下、床板を外したところに古い革の袋がある。
その中に、油紙に包まれた一枚の地図が入ってる。それは『宝島』と呼ばれる島を示すものだ。カリブ海の東、スペイン領の沖合いに浮かぶ小さな島。
そこに、俺が残した財宝が眠ってる。
金貨、宝石、スペインのガレオン船から奪った銀の延べ棒……
この世の富の半分はあそこにあると言ってもいいくらいだ」
ジムの目が輝いた。
だがすぐに、疑問が湧き上がった。
「おじいちゃん、そんな財宝、どうして?
それに、あの男が言ってた『トム・ゴールド』って……」
トムは苦笑いを浮かべ、窓の外の闇を見つめた。
「ああ。あの名前か。俺の本当の名前は、トム・ゴールドだ。
いや、昔の名前だ。今はトム・ホーキンズさ。この民宿で、静かに暮らすただの老人だ」
ジムは飛び上がらんばかりに驚いた。
「トム・ゴールド?!
それって……四大海賊の一人って呼ばれた、伝説の海賊の名前じゃないか!
カリブ海を荒らしまわって、海軍を震え上がらせたって話の……
おじいちゃんが?! そんな……信じられない!」
トムは静かに手を挙げ、ジムを制した。
「信じろ、ジム。
それは俺が捨てた過去の名前さ。若い頃、俺は海賊だった。いや、海賊の王だった。
船を率い、スペインの植民地を襲い、商船を掠め取った。仲間たちと血を流し、酒を飲み、金を山のように積み上げた。
だがな、ジム。
そんな人生の果てに、俺が本当に欲しかったものは何だと思う?」
ジムは首を振った。
トムは目を細め、遠い記憶を辿るように続けた。
「平穏だ。
海軍に追われず、仲間たちの裏切りを恐れず、家族とゆっくり過ごせる平穏。
お前の祖母が亡くなった時、俺は決めた。
この血塗れの人生を終わらせるってな。
そこで、計画を立てた。
仲間たちに、『この世のとてつもない財宝が眠る島』があると吹き込んだ。
偽の地図を作り、皆をその島――宝島に上陸させた。
そして、俺は密かに雇った偽の海軍の連中を呼び寄せた。
銃撃戦を演じ、俺はそこで『死んだ』ことにしたんだ。
血のりを塗り、倒れ、仲間たちに『船長がやられた!』と叫ばせた。
本物の海軍も、噂を聞きつけてやって来た。俺は影に隠れ、すべてを見届け、死んだことにして姿を消した」
ジムは息を飲んだ。
「それで……海軍も、海賊の仲間たちも、みんな騙されたの?」
「ああ。計画は上手くいった。
俺は死んだことになり、誰にも追われなくなった。新しい名前で、この島に民宿を建て、静かに暮らした。
だがな、ジム。船長がいなくなった海賊団は、指揮が取れなくなった。
仲間割れが起き、海軍の本隊に捕らえられ、トム・ゴールド海賊団は壊滅した。
生き残った者たちは、牢獄行きか、絞首刑だ。
副船長だったジョン・シルバーが、俺を恨むのも無理はない。あいつは片足を失い、すべてを失った。
俺が裏切ったせいで、な」
トムの声は低く、悔恨がにじんでいた。
ジムは祖父の手を握った。
「おじいちゃん……それで、地図は本物なの?宝島の財宝は、本当にそこにある?」
トムは頷き、ジムの肩を叩いた。
「ああ。本物だ。
偽の島なんかじゃねえ。あそこに、俺の全財産が埋めてある。
だが、ジム。お前には使ってほしくない。
あれは呪われた金だ。
シルバーが嗅ぎつけたら、血の雨が降る。
明日の朝、あの男が来る前に、地図を隠せ。
いや、燃やせ。俺の過去を、すべて」
だがジムの心には、すでに冒険の炎が灯っていた。
外の海は、月光に輝き、未知の島を囁いているようだった——




