第1話:やってきた片足の男
--17世紀--
ジャマイカ島の南岸にひっそりと佇む小さな入江のほとり。
そこに「ベン・ボウ民宿」という古びた木造の宿屋があった。
屋根はヤシの葉で葺かれ、塩と潮風にさらされて灰色に変色し、軒下には色褪せた看板が軋む音を立てている。
この民宿を切り盛りするのは、ホーキンズ家の二人――15歳の少年ジム・ホーキンズと、その祖父トム・ホーキンズだった。
その日の午後遅く、潮の匂いをまとった風が強く吹き始めた頃、
民宿の玄関の戸が乱暴に開け放たれた。
片足の男が立っていた。
黒い古びたコートは海水と油で汚れ、帽子は形を失いかけ、左のズボンの裾は膝の下で不自然に短く切られ、木製の義足が床板をコツコツと叩いていた。
顔は日に焼け、髭は伸び放題で、右の頬には古い刀傷が白く走っている。
だが何より目を引いたのは、その男の左目に嵌められた黒い眼帯と、
肩に担いだ大きな海鳥の羽根飾りのついた古い帽子だった。
男はジムを見下ろすようにして、野太い声で言った。
「部屋は空いてるかい、小僧?」
ジムは一瞬、男の異様な風貌に息を呑んだが、すぐに宿屋の息子としての顔に戻った。
「空いてますよ。奥の二階の角部屋なら今すぐご案内できます。
ちょっと掃除とシーツの交換だけさせてください。
その間にこちらで記帳していただければ」
ジムは慣れた手つきで宿帳と羽根ペンを差し出し、男の前に置いた。
男は鼻を鳴らし、義足をガツンと鳴らしながらカウンターに寄りかかった。
「律儀な小僧だな。気に入ったぜ」
ジムは軽く会釈して、急いで二階の部屋へと駆け上がった。
箒と布巾、乾いた海草の匂いのする新しいシーツを抱えて階段を上りながら、
なぜか胸の奥がざわついていることに気付いた。
あの男の視線が、ただの旅人のものではなかった気がしたのだ。
部屋の窓を開け放ち、潮風を入れながら急いでベッドを整えていると、
下から低い声が響いてきた。
「ジム。お客さんかい?」
振り向くと、階段の途中に祖父のトムが立っていた。
白髪交じりの髪を後ろで無造作に束ね、昔海の男だった頃の名残を残す広い肩。
だが今はもう、腰を曲げ、片手に古いパイプを握っているだけの穏やかな老人だ。
「うん、さっき来たばかりの人。ちょっと……変わった人だよ」
ジムがそう答えた瞬間、トムの表情が凍りついた。
下のホールから聞こえてきたのは、義足のコツコツという音と、
そして男の野太い、抑えきれない怒気を孕んだ声だった。
「トム……ゴールド……!」
その名を聞いた瞬間、トムの顔から血の気が引いた。
男――長い黒いコートを翻し、義足を引きずりながらカウンターに近づいてくる。
眼帯の下の隻眼が、まるで獲物を狙う猛禽のようにトムを捉えていた。
「探したぞ、トム・ゴールド……!
長い年月だった。だがようやく見つけた。
さあ、宝を返してもらおうか。この裏切り者めが!」
声は怒りに震え、最後にはほとんど咆哮に近かった。
トムは一瞬、目を大きく見開いたが、すぐに表情を消し、
まるで何も聞こえなかったかのようにパイプに火をつけ始めた。
「……誰のことだか、さっぱりわからんね」
その冷めた声に、男――ジョン・シルバーの顔がさらに歪んだ。
「お前が知らん顔をするとはな……!
だが俺は忘れちゃいねえ。
あの島で、お前が最後に笑って船を降りた時の顔を!
地図を、宝を、俺たち全員を裏切って消えた時の顔をよぉ!」
ちょうどその時、二階からジムが降りてきた。
「部屋、できました! 荷物をお持ちしますか?」
ジムはまだ何も知らない、無垢な声でそう言った。
シルバーは一瞬、ジムとトムを交互に見比べ、
それから大きく息を吐いて、怒りを無理やり飲み込んだ。
「……ふん。今日はここまでだ。
明日また来る。ゆっくり話をつけようじゃねえか、トム・ゴールド」
シルバーはそう吐き捨てると、義足をコツコツ鳴らしながら出口へと向かった。
扉が閉まる音が響いた後も、店内には重苦しい沈黙が残った。
ジムは祖父を見た。
トムはただ黙ってパイプをくゆらせ、
遠く海のほうを見つめていた。
「……おじいちゃん?」
「……なんでもないさ、ジム。
ただの酔っぱらいの戯言だ」
そう言ったトムの声は、どこか震えていた。
その夜、ジムは眠れなかった。
窓の外で波が打ち寄せる音と、
どこかで鳴っている義足の、コツ、コツ、という幻の音が、
頭の中で繰り返し響いていた。




