第2話 会話したい
昨日は酷い目にあった。まさか、戸鳴さん共々課題の範囲をミスっていたとは。写したのがバレて先生に怒られてしまった。課題点をいきなり引かれたのは痛いところ。今後はメモをしっかり取っておこうと胸に刻んだところである。
ただし、悪いことばかりではなかった。共に悪事を働いた仲。隣の席の男子生徒からは少しランクアップしたところではある。
それはそうと昨日はできなかった会話。これを今日は目標としていきたいと思う。
さて、何を切り口とするかだが、これに関しては昨日の戸鳴さんからヒントを得ている。それは
『おはよう。今日は早いね。昨日一昨日はギリギリじゃなかったっけ?』
である。
登校時間についての話題である。俺は普段は結構ギリギリの時間に登校しているのだが、戸鳴さんはどうやら毎日一番か二番目には学校に来ているよう。これを利用しない手はない。切り口としてはこうだ。
『おはよう。今日も早いな。いつも何時に家を出てるんだ?』
登校が早い相手、特に朝来たばかりの時間であれば疑問に思って話題にすることはごく自然の事である。
これによって得られる情報は家が近いかどうか、どのような交通手段を用いているのかという点である。仲良くなるために重要なことの一つは適度なプライベート情報を互いに持っていること。家が近いかどうかや何通学をしているかぐらいはその適度の範囲に十分に収まっているであろう。また、この情報は利用価値が高い。今後、仲良くなって遊びに行ったりするときに配慮して予定を組むことができる。
さて、もう少しシミュレーションを走らせよう。何時に家を出るか、という質問に対しての答えとして考えられるどのような物だろうか。
まずは素直に答えてくれるパターン。次に逆に俺はどうなのかと言った感じに聞き返されるパターン。そして、問題として出題されるパターン。最後に考えたくはないが拒絶されるパターン。パッと出てくるのはここらへんだろう。
まず、素直に答えてくれるパターン。この場合は時間の情報が返ってくるだろう。その中でも時間の情報だけの場合と交通手段が付属している場合が考えられる。前者なら交通手段について追加で聞けば後者と同じ場合に引き込むことができる。ここからこのパターンにおいては交通手段と家を出る時間を得ることができるということになる。情報を聞いた後は自分の場合の時間や交通手段を開示した方が良いだろう。あらゆるパターンの会話に言える話だが、くどくない程度に自分の情報を相手に与える。これを常時行っていくことが重要であろう。
次に聞き返されるパターン。これは戸鳴さんは自身の情報を出さずに俺について聞いてくる場合を想定している。これは単純に俺の情報を開示すればいいだろう。時間と交通手段。あと、適当なプラスαの情報。プラスαの情報としてはポジティブな物とネガティブな物の両方あると良いだろう。ポジティブな物は例えばどこのお店が美味しいとかだろうか。興味を持って貰えればワンチャン案内をする機会があるかもしれない。ネガティブな物は愚痴を狙ってものだ。愚痴は楽しい。言葉も自然と出てくるものだ。うまくいけば戸鳴さんが持っている不満を吐き出してくれるかも知れない。
そして、問題を出題されるパターン。これは『何時だと思う?』といった形の事を言い返されるということを想定している。正直これが返ってきた時点で今回の会話の成功は約束されたような物だろう。このような言葉を返してくるということは、戸鳴さんが会話することに積極的であるということが示されている。あとは流れに任せればよいとも思うが万が一も考えてもう少し深掘りしよう。
まず、何時と答えるべきだろうか。思いつくのは当てに行くか、ボケるの二つだろう。前者ならば7時半前後。5分刻みあたりで答えるのが妥当なところ。本気であてに行く感を出せれば尚良いだろう。当たれば「凄い」という反応が返ってくるだろうし、ミスった場合は俺は恥をかくがそれは戸鳴さんにとっては面白いものだろう。
ボケる場合は阿保みたいに早い時間、例えば5時や6時と答えること、もしくは学校に泊まっているなどが挙げられる。ボケの良いところは返ってくる答えがほぼ一つ、つまりツッコミに収束するということだ。そして、ツッコミの後に自然な形での答え合わせが行われる。
会話をシミュレートする段階において、後者のボケの方が考えやすいのだが、今回、この返答をするにあたり深く考えなければならないことがある。それは今後の俺のキャラ付けだ。問題を出したときに一発目どう答えを出すのか。俺がボケるのか真剣に返すのかという印象を戸鳴さんに植え付けることになる。
実はここにおいて相手にどのような印象を与えるかというのは正直どちらでもよい。ここでの問題は自分がそのキャラを貫き通せるかどうかという点だ。ここの軸がブレてしまうと戸鳴さんからはよくわからない相手判定を受ける。また、別コミュニティにおいての状態も一貫させる必要がある。特定の相手にだけちょっと違う自分を見せるというのは相手の気を引く手法の一つとして挙げられるがそれは今のタイミングではない。
さて、真面目キャラで行くか、ボケキャラで行くか。自分にとっての双方のメリットデメリットを考えよう。
まず、真面目キャラ。これは質問に対して深く考えて返答する。頓珍漢なことを言う確率が低く、成績が伴っていれば勉強について頼られることもあるだろう。口が堅いという要素をつけ足せば真剣な相談事もして貰いやすいだろう。俺の性根は恐らくこっちに向いていることから、キャラを続けることに対しての疲労も少ないだろう。デメリットとしてはバカな話に誘われにくいことだろうか。軽い相談などを持ちかけられにくい。親しみやすさはボケキャラに比べると大きく劣りそうだ。
次にボケキャラ。こちらは質問に対して的外れな答えを返す。ボケの内容はある一定以上の面白さやぶっ飛び度が必要となる。アホキャラと併用させれば、どのような状況でも空気を読まずにズレた質問をすることもできる。親しみやすくうまくいけばムードメーカとしても立ち回ることができる。デメリットであるが、これに関してはどうしても俺の性根との相性が悪いことが考えられる。思考を巡らせてどのようなボケが良いかを考えるため、どうしても一定の思考プロセスに縛られてしまいぶっ飛び度が足りないことが起こってしまう。天然もの相手には勝負にもならないだろう。うざくない範囲での調整であったり、なにより俺自身への負担が大きすぎる。
やはりここは真面目キャラで行くべきだろう。その上でそこに多少のバカを混ぜるとしよう。どのような優れたコンピュータでも入力を間違えば答えは彼方へ飛んでいく。不定期に聞き間違えを装って阿保な解答をすればボケキャラの利点を取り入れることができるのではないだろうか。
この際だ。今回の会話に関係なく、自身のキャラ付けを真面目キャラとして設定しておこう。今後思考を巡らすにおいて変数は減らすに限るからな。それにしても真面目キャラで行くならば成績もそれ相応なものにする必要がある。そう考えると、昨日の件はかなり痛手だ。これからは課題をもっと真面目にやらないと。
さて、話を戻そう。今何を考えていたっけ。えーっと、あれ? キャラ付けについて考えていたんだっけ? それが本題ではなかった気がするんだけど。
「おはよう。何か上の空だね」
戸鳴さんが挨拶をしてきた。どうやら無意識の間に教室に来ていたようだ。扉を意識せずに開閉しているのは何気に凄いのではなかろうか。
「ああ、おはよう。今考え事をしていたんだけど、ド忘れしちゃってさ。重要なことってことは分かってるんだけど」
ふむ、何について考えてたんだったか。
「昨日叱られたことじゃない?」
課題を写したことによって課題点が下がる。確かにこれは十分に憂いるべき事柄だ。
「あ~、それはあるかも。初っ端から減点は痛いんだよな。」
だが、これではない気がする。会話を続ければ見つけられるだろうか。
「テストで挽回するか」
「勉強に自信は?」
「ボーダーギリギリと言えばわかるかな? テスト前は勉強時間をしっかりとらないといけないな。」
時間。そうだ、何か時間に関することだった気がする。
「あれ、何か思い出した?」
「何かの時間についてを考えてた気がするんだよな」
時間。時間と言えば何だろうか。趣味に費やす時間だろうか。勉強時間も重要だがこれじゃない感が半端ない。なんだ、何なんだ?
「出発時間とか?」
「っ、それだぁ!」
瞬間、発火したかのように思考の扉が開かれた。と同時に今この瞬間、俺は最大のミスを行ったことに気が付いた。
会話の断裂。思い出すと共に漏れた大声が会話を断ち切ってしまったのだ。
だが、まだ舞える。時間が早いこともあって教室には俺と戸鳴さんしかいない。ここで重要なのは出発時間について考えていた理由を説明することだ。そしてそこには特大の地雷が含まれている。正直に話せば、戸鳴さんと会話したかったという言葉が零れてしまう。これは非常にまずい。
「ああ、そうだ。出発時間について考えてたんだ」
「なぜ?」
さあ来た。考えろ。出発時間を考えるに当たってごく自然な道筋を捏造するんだ。まず情報を整理しよう。出発時間を考えるにあたって関係してくる情報は主に登校に関して。到着時間も考えられるが、登校で発生することも含めることができる。
「自転車で登校してるんだけどさ、最近規制が強まってるじゃん。それで、車道の交通状況や信号のタイミングで登校時間が大きく変わるんだよ。だからいつぐらいに出るのが良いのかなと。ほら、寝れるなら寝たいのが人の性ってものだろ」
耐えたぁ―――!!!!
これは自然。間違いなく自然。嘘も言っておらず、事実であるため何の問題もない。
「へぇー。自転車通学いいなって思ってたけど大変なんだね。時間通りで来れるのは電車通学のいいところね」
「電車通学なのか?」
「ええ。もうちょっとゆっくり来たいけど、乗り換えのタイミング的に、今の時間を逃すと次がかなりギリギリになっちゃうのがしんどいところ」
「あ~、お疲れ」
あれ、なんかうまく転んでる。
「途中で気が付いても忘れ物を取りに行けないのが辛いところ。そこは自転車いいよねって。」
「ふっふっふ、羨んで貰っても構わんよ」
「柿崎君ってよくボケるよね」
「え?」
「え?」
「え?」
あれ? 俺ってボケキャラなの?
「あら天然ものとは珍しい」
「え? 俺ってボケキャラなの?」
え? マジで? マジなのか?
「あれ? お~い。お~い。」
ショックだわぁ~。いや、待て、まだそうと決まった訳ではない。挽回のチャンスはある。あるはずだ。第一印象はそうかもしれないが、これから俺がいかに思慮深いかを少しずつ分かってもらうとしよう。今日ではないが。
そのためにはどうするべきか。さて、思考を巡らせるとしよう。
―――――リザルト―――――
会話:
成功→電車通学との情報をゲット
作戦立案:
失敗→ド忘れ
自己認識:
おそらく失敗→自身を客観的に見る必要あり
総合評価:B
コメント:
自然な会話ができたのは良かった。また、偶然ではあるが戸鳴さんの交通手段についてを知ることができた。ただし、偶然に助けられており、実力とは言い難い。作戦についてド忘れしてしまったのは度し難く、もう少し十分な思考時間を持つことを提案する。
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