第1話 お近づきになりたい
桜舞い散る高校1年の春。
「おはようございます」
隣の席の戸鳴さん。
たった一言、笑みを伴った挨拶は弾丸のように俺の胸を撃ち抜いた。
要するに、俺は彼女に恋をした。
◇ ◇ ◇
さて、つい先日。恋に落ちた俺であるが、いきなり告白などできようはずがない。恐らく振られておしまい。席が隣ということもあり、空気は最悪なことになるだろう。逆に告白して振られて適度な笑いものになるというムーブも選択肢としてはあったのだが、残念ながらそんなことをできるキャラじゃないし、そのキャラを演じ切る体力もない。
ということで、まずは仲良くなることから始めよう。小目標としては隣にいたら自然と会話する程度の仲、すなわち友達を目指すわけである。
さて、現在時刻は8時10分。場所は廊下。もう少しで教室である。過去三日間のデータによるとターゲットは既に登校している。下駄箱を見れば既に来ているかどうかの判定は容易なのだが、扉が付いているため他人の靴箱を開けるのは少々抵抗が大きい。よって今回は見送る。
まあ、恐らくだがいるはずだ。そう考えないと始まらない。いなかった場合はその時考えればいい。
教室に入って最初にやるべきこと。まずは挨拶だろう。挨拶をするのは普通のことだ。しない方がおかしいだろう。タイミングに関しても考えなければならない。扉を開けて一発目だろうか。いや、それでは会話に繋げるのは難しい。窓際から2列目、最後尾である自席に荷物を置くタイミングでの挨拶。これがいいだろう。
次に会話を続けるための話題。これに関しては今日は秘策がある。その名も「課題これで良かったけ大作戦」である。昨日出された数学の課題。そのページ数を確認する。ここまでは自然と行えるだろう。
問題はここからだ。どう話題を広げるか。できれば好き嫌いであったり、自然とプライベートの話に繋げれると良いだろう。親密度を上げるためにはプライベートを知り合っている方が良いという話が調べたら出てきたのでな。問題はどうやって課題の話からその話に繋げれるかという話である。
そうだな。久しぶりの課題で夜更かししてしまったみたいな感じにすれば良いだろうか。中学を卒業してからだらけてしまっていて、いつも通りゲームをしていたら課題を始める時間が遅くなってしまったみたいな感じで。
いや、でもゲームってどうなんだ。俺のやっているゲームは恐らく一般的にはオタクと大別される系統のソシャゲ。下手にカミングアウトするとマイナスポイントになってしまう可能性がある。
よし、ここは音楽でせめよう。夜更かしの原因を始めるのが遅かったからではなく、曲を聴きながら課題をしていたら、曲の方に集中してしまったという筋書きにしておこう。ジャンルはJ-POP。有名歌手、グループの曲にしておこう。ボカロは様子を見て。K-POPに無知な俺だがその話題が来た場合はどういう物がおすすめかを聞いて後日話を広げる材料にもできる。
問題があるとすれば音楽が嫌いな場合。
『音楽? 興味ないし嫌い』
こう返された場合、下手に相手にこちらの好きな曲を押し付けるのは逆効果になる。こうなると対策していない俺だったら「そ、そうですか。気が向いたら聞いてみてよ」ぐらいしか返せない。そして会話も途切れるだろう。
しかし、俺は幸運だ。なぜなら、対策のために思考を巡らせる時間があるからだ。音楽が嫌いな人間は何に興味があるか。・・・あれ、音楽が嫌いな人間のシミュレートができない。というか、そんな人間がいるのか? 根っこから音楽が嫌いな人間がいるとは俺には考えられない。そうなってくると考えられる可能性は外的要因か。
楽器をやっていて挫折した。これなら俺にも納得できる。だが、その上で音楽が嫌いならば、挫折した過去を折り合いが付いていないということになるだろう。そうなってくると、音楽の話は地雷になる。結論としては音楽が嫌いならば、下手に話を広げずさっさと音楽の話から撤収する方がよいだろう。
だが、こうなってくると、いよいようまく言葉を返せずに微妙な空気が流れてしまうだろう。自然な会話を続けるのがここまで難しいとは。
・・・いや、ここは微妙な空気を流れててもある意味自然なのではないか? 俺が話しかけて、彼女はその話題を拒絶する。この流れであれば微妙な空気が流れるのは必然。すなわち、自然であろう。つまり、この空気を解消しようと全く違う話を始めても問題ないのである。
では、次の課題だ。どのような話題がよいだろうか。個人的な好みやプライベートについて僅かにでも情報が得られるものの方が良いだろう。家庭環境は流石に踏み込みすぎだ。ここは無難に好きなものについてが良いだろう。では、どのような言葉で始めるべきか。「何か好きな物とかある?」と聞くのもいいだろうが、なんだか不自然だ。いや、微妙な空気な状態だから何言っても問題ないというボーナス状態ではあるのだが。ここは先に自分の好きな物を言った方がいいだろう。
では、何を開示すべきか。スポーツなどを言えたらよいのだが、生憎そこまでスポーツには明るくない。中学は野球部をやっていたのだが、正直テレビでプロの試合を見るほどの興味もない。やはり、正直に行こう。アニメや漫画だ。踏み込んだところまで行ってしまえばオタクコースだが、とても躍動感のある漫画雑誌の某海賊漫画のようなものはほぼ一般常識と言えるレベルで浸透している。反応によっていくらでも舵取りを変えられるのだ。
さて、微妙な空気になった状態から好きな物の話をするために、こちらが『漫画とかアニメ好きなんだけど戸鳴さん何か好きな物ある?』と聞いたしよう。想定される解答としては二つのパターンが考えられる。
一つ目は素直に好きな物を答えてくれるパターン。こちらに関しては正直これ以上思考を巡らせる必要はないだろう。知っている分野なら話を膨らませばよいし、知らない場合ならば聞き手に回ればよい。何よりどのような物が好きであるかを考えると、場合分けが膨大になってしまう。
問題は2つ目だ。好きな物ではなく、漫画やアニメに反応されてしまった場合だ。
『どんなの見たりするの?』
と言ったような返答が返ってきたとき、どう答えるべきか。この会話において、戸鳴さんがどのような物が好きであるかという情報は出ていない。あえて言うのならば音楽が嫌いという情報ぐらいだ。そう考えると主題歌などが関わってくるアニメ方面は避けるべきだろうか。いや、それは悪手だ。主題歌に突っ込むタイプではないだろう。アニメ化している大衆受けする漫画。あとはラノベ系の有名どころのアニメを取ってくるのが良いだろう。
うむ、完璧な布陣だ。わざわざアニメや漫画の話を振ってくるということは興味があるということ。ならばあとは釣り針を大きく吊り下げておけば勝手に引っ掛かってくれるだろう。
さて、そうこう思考している合間に教室まで残り数歩と言ったところ。会話のフローチャートを確認しよう。
まず挨拶。次に課題範囲の確認。そしてここからが山場。課題から音楽の話に繋げる。音楽に食いついたのならばそこで勝ち。音楽が嫌いだった場合は話題転換を兼て好きな物の話へ。その過程でアニメ漫画の話に食いついてきたのならば、釣り針を大きく垂らすだけ。
言うは易し。行うは難し。さて、ここからが正念場だ。
扉を開ける。
さて、まず戸鳴さんだが、良かった。既に着席している。少し前に来たようであり、まだカバンから荷物を出して机に入れている途中だ。
「戸鳴さん、おはよう」
「おはよう。今日は早いね。昨日一昨日はギリギリじゃなかったっけ?」
緊急事態発生。不味い、想定範囲外の会話である。普段の生活習慣が仇になった。ここから流れに乗るのも良いが、恐らく想定外が多発して撃沈するだろう。ここは少し無理やりにでも軌道調整をする必要がある。
「まあな。信号運が良くてさ。あと課題の範囲が心配だったからさ」
「ああ、確かに少し心配になるよね」
よし。ナイス! 土壇場でも何とかなるものである。
「範囲って10ページのB問題だよね」
「・・・え?」
「え?!」
ちょっとまて、その間はなんだ。
「C問題じゃなかった?」
「え? マジで!?」
え? B問題じゃないの?
「C問題だったはず。え、待って私も心配になってきた。」
俺と戸鳴さんは心配になって、課題の書かれた学級日誌を見に行く。
「B問題と、C問題。どっちもだね」
数学の時間は一限目。普通にやれば到底間に合うものではない。
「戸鳴さん。ここは」
「いい子ぶってる暇はないね」
心が通じるとはこのことだろうか。
俺は戸鳴さんにB問題の解答を渡し、戸鳴さんからC問題の解答を貰った。
学生の本分は学業である。会話をする暇も選択肢もない。二人だけの教室にはシャーペンを走らせる音だけがあった。
―――――リザルト―――――
会話:
一部成功→親密度アップ
提出物:
共犯→親密度アップ
バレた→成績ダウン
総合評価:B-
コメント:
結果的には親密度を上げることに成功したが、作戦通りではなかった。また、学生の本分は学業であるが、そこを怠った。
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気が向いたら続き書きます。




