聖夫婦の共闘
王都の中央広場。
そこには、白い法衣を纏った謎の集団を囲むように、数日前まで「殺せ!」と叫んでいたはずの信者たちが、憑き物が落ちたような顔で静かに座り込んでいた。
「……そうです。愛とは熱ではなく、静寂。互いの心拍を数える必要も、凍らせる必要もないのです」
謎の集団が穏やかに説法を続ける中、石畳がミシミシと音を立てて凍りつき始めた。
群衆が割れる。その中心に、かつてないほどの威圧感を放つエルゼと、無言でナイフの束を弄ぶアルフォンスが現れた。
「……随分と、お上手な口上のようね。私の耳には、泥水ですすぐよりも不快な雑音にしか聞こえないけれど」
エルゼの言葉に、謎の集団は驚く風もなく、ただ慈悲深い微笑みを向けた。
「エルゼ公爵婦人。貴方のその『殺意』、そして『氷』。それは愛ではなく、過去のトラウマが生み出した自己防衛の過剰反応に過ぎません。……もう、自分を偽るのはおやめなさい。貴方はただ、誰かを傷つけずにはいられない、悲しい病人なのです」
「……っ!」(何がトラウマよ。改教させる為にデタラメを。私はただアルフォンスを殺したかっただけよ。なのに周りが勝手にそれを愛だと……ああ、ムカつくけど、ここでは何も言えない……)
「病……? これが……? 貴方に、私のこの血の凍るような情熱(嘘)の……な、何がわかるというの! アルフォンス、一緒にこの男の口を今すぐ――」
「……待て、エルゼ」
アルフォンスが、重い声で彼女を止めた。彼のナイフを持つ手が、かすかに震えている。
「……おい、お前の言う『平穏』とやらには、……管理も、計算も、虚無も、生存競争も存在しないというのか?」
「ええ。アルフォンス卿。貴方のその『冷徹な計算』は、エルゼ様への愛を失う恐怖から逃れるための強迫観念です。真の愛とは、計算を捨て、何者でもなくなることです。……テオ様も、それを望んでいらっしゃるはず」
(これは私がエルゼに対する殺意を、皆が愛と誤解しただけだ……。だが、改教してしまった信者の前で、今までのように本心で語るのは……とても危険だ。だがなぜこいつはテオの名を当然のように知っているんだ。……まるで……何か目的があるような話し方のように聞こえる)
その時、群衆の後ろで見ていたテオの心臓が跳ねた。
謎の集団の瞳が、まっすぐにテオを射抜く。
「テオ様。……貴方が求めていたのは、この狂った両親の期待に応えることではなく、ただ『何事も起きない朝』を、誰にも邪魔されずに迎えることではありませんか?」
「……っ。それは……」
テオは言葉に詰まった。それは、彼がルナと二人で、ずっと、ずっと夢見ていた光景だったからだ。
ルナもまた、手に持っていた自作の診断機を落とした。
『普通の愛』それは、彼女が「管理」によって到達しようとしていた究極の目標点でもあったからだ。
「……二人とも、行かせないわよ」
エルゼが、震える声で二人を呼ぶ。その瞳には、初めて「拒絶されることへの恐怖」が浮かんでいた。
「……私の愛(嘘)が病だというのなら、この世界ごと凍らせて、不変の病棟にしてあげるわ! ……来なさい、アルフォンス! この男を、私たちの愛へ引きずり込むのよ!」
しかし、謎の集団はただ静かに両手を広げた。
「……暴力は、貴方の敗北を証明するだけです。……さあ、愛に疲れた民よ。私たちの『凪の国』へ」
広場に、白い霧が立ち込める。
最強の二人が放つ殺気が、その「正しすぎる静寂」に吸い込まれ、霧散していく。
テオとルナは、目の前の「正しい福音」と、背後の「狂った両親」の間で、激しく揺れ動いていた。




