殺意のゲシュタルト崩壊
「聖夫婦」としての名声は、ついに国境を越えた。
私たちの屋敷には、他国の貴族から「愛の秘訣を教えてほしい」「不仲の解消法を伝授して」という相談状が山のように届く始末。
そんなある日の夜会。
アルフォンスに、隣国の公女――「氷の美貌」と名高いカトリーヌが、しなだれかかるように近づいていく。
ニョロニョロは魔力切れでどっかにいって紛失。
「アルフォンス様。あなたのその深い愛、少しだけでも私に分けていただけないかしら?」
壁際でシャンパンを飲んでいた私は、それを見て猛烈な不快感に襲われる。
(あら……? あの女、何をしているのかしら。あんな安っぽい誘惑で、私の――いいえ、「私の獲物」を横取りしようだなんて)
アルフォンスは鼻で笑い、カトリーヌを冷たく突き放そうとしたが、私はそれより早く、二人の間に割って入る。
私はアルフォンスの腕を、いつもより強く、それこそ筋肉が軋むほど抱きしめた。
「ごめんなさい、カトリーヌ公女。この方の『愛(毒)』は致死量に達しておりますの。素人が手を出せば、一晩も持たずに灰になってしまいますわよ?」(こいつを合法的に殺せる権利を持っているのは私だけ。今さら横から掻っ攫おうなんて、一万年早いですわ)
アルフォンスが、驚いたように私を見下ろす。
「おや、エルゼ。……珍しいね。君がそんなに強く私の腕を掴むなんて」
「……ふん。勘違いしないでくださいませ。あなたが他所の女に毒を盛られて、私が犯人だと疑われるのが癪なだけですわ」
すると、アルフォンスの瞳に、見たこともないような「暗い愉悦」の光が宿る。
彼は私の腰をぐいと引き寄せ、私の耳元で、甘く、それでいてゾッとするような低い声で囁やいてくる。
「なるほど。……いいよ、エルゼ。君以外の誰かに殺されるなんて、私も御免だ。私の命を独占したいというのなら、望むところだ」(お前の殺意の矛先が私だけに向けられている間は、私は最高に安全で、最高に特別だというわけだ。……悪くない)
「悪酔いしてる」
その時、周囲の貴族たちが「また始まったわ!」と一斉に扇を広げた。
「見なさい、エルゼ様のあの独占欲! 夫に近づく影さえも許さない、燃えるような嫉妬の炎!」
「アルフォンス様のあの表情……! 妻の嫉妬を愉しみ、受け入れている。これこそが究極の信頼関係……!」
翌朝。
私は鏡を見て絶望。
昨夜の「独占欲の暴走」を思い出し、顔が火照っていた。
(違う。あれは愛なんかじゃない。せっかくここまで育て上げた「最高のターゲット」を、他人に奪われたくなかっただけ。……そうよ、あんな男、私以外の誰にも理解できるはずがないんだから……)
一方、食堂に現れたアルフォンスも、心なしか上機嫌。
彼は私の前に、一本の薔薇を置く。
「エルゼ。昨日、君に腕を掴まれたところが、まだ少し痺れているよ。……心地よい痛みだ」
私は、その薔薇を無言でスープの皿に沈める。
「それは重畳ですわ、アルフォンス様。……いつかその首も、私が同じくらい強く絞めて差し上げますから、覚悟しておきなさいな」
「楽しみだよ、マイ・オンリー・エルゼ」
愛は、死んだはず。
けれど、私たちの間に芽生えたこの「相手の死は私だけのもの」という歪んだ感情は、今や義務(結婚)よりも強固な絆になりつつあった。




