愛を奏でる吟遊詩人
エトワールの騒動から一夜明けた、王立学園。
昨日の静寂が嘘のように、校庭では【熾烈愛・屠殺派】が氷の礫を飛ばし合い、【純愛・福音派】が「本日の一斉管理」を叫び、【不変愛・仮死派】の生徒たちが廊下で等間隔に転がっている。
そんな「いつも通り」の地獄絵図の中に、その少年は立っていた。
「……ああ、素晴らしい。世界はこれほどまでに、剥き出しの情熱に溢れているのだね」
青空のような髪をなびかせ、手にした竪琴を軽やかに奏でる転校生、シアン・フェリシータ。
彼は登校早々、廊下に横たわる「仮死派」の生徒を優雅に跨ぐと、その横でポエムを詠み始めた。
「動かぬ石像となりて、永遠を飼い慣らそうとする君よ。その静寂は、死という名のキャンバスに描かれた、最高に贅沢な余白だ。……嫌いじゃないよ、その無口な情熱」
「……何、あいつ。僕たちの『不変』を勝手にポエムの素材にしてるんだけど」
転がっていた生徒が、思わず目を開けて困惑の声を漏らす。
そこへ、テオとルナが通りかかった。
「……ルナ、見て。あの人、この学園の光景を見て引くどころか、うっとりしてるよ。新種の狂気かな?」
「……いえ、テオ。分析したけれど、彼からは殺意も、管理欲も、虚無も感じられないわ。彼はただ……極度の『全肯定ポエマー』よ。世界のすべてを、自分のポエムの劇伴(BGM)だと思っているわ」
二人の前に、シアンが流れるような動作で跪いた。
「やあ、運命の双星。君たちの瞳には、この騒がしくも美しい狂騒がどう映っているのかな? 僕はシアン。風に運ばれ、愛という名の謎を解き明かしに来た、ただの旅人さ」
「あの……シアンさん。ここ、かなり危ない場所ですよ? ほら、あっちで生徒同士が氷漬けにしようとしてるし……」
テオが指差す先では、ある生徒が「愛してるわ、ホルト! 永遠に解けない氷の中で私だけを見ていなさい!」と巨大な氷塊を生成していた。普通の人間なら腰を抜かす光景だが、シアンは竪琴をジャランと鳴らし、微笑んだ。
「おやおや、なんという峻烈な求愛。彼女は氷を操っているのではない、溢れ出す独占欲という名の熱を、物理的な冷却によって『保存』しようとしているんだね。……実にアヴァンギャルドだ。愛の解釈としては、星五つを贈りたいくらいだよ」
「……本気で言ってるの? あれ、下手したら死ぬわよ?」
ルナが呆れて指摘する。
「死さえも、愛という名の叙事詩においては、単なる句読点に過ぎない。もちろん、僕はあんなに激しく踊るのは御免だけどね。……僕はただ、君たちが紡ぐこのイカれた日常を、最高の詩として書き留めたいだけなんだ」
シアンはそう言うと、バラをテオの耳元に差し、ルナには「知性の深淵に乾杯」とウィンクを送った。
「……ねえ、ルナ。この人、悪い人じゃないんだろうけど、関わると母さんたちとは別の意味で、僕たちの日常が『劇的(面倒くさいこと)』になりそうだよ」
「……同感よ、テオ。彼は火に油を注ぐタイプではなく、火を『美しい照明ね』と言って放置するタイプだわ。……最も管理しづらい人種ね」
学園に現れた、全肯定の吟遊詩人。
彼の「おおらかな狂気」が、聖地の住人たちの調律を、さらに狂わせていく。




