騎士の盾
ハーブ園に満ちた夕暮れの静寂は、無機質な軍靴の音によって破られた。
【純愛・福音派】の信者たちが、一寸の乱れもないフォーメーションでクラリスを包囲していく。彼らの目には、クラリスが「カイルの心拍数を乱す有害物質」か、あるいは「自分たちの知らない未知の管理術(魔法)の使い手」に映っていた。
「……君たち、何の真似だ。彼女から離れろ」
カイルの声は低く、地を這うような威圧感を放っていた。しかし、熱狂に浮かされた信者たちの耳には届かない。
「カイル様、これは救済です。あの女性が発する『微笑み』の波長を計測し、適切に管理しなければ、貴方の騎士としての規律が崩壊します」
「管理なき安らぎは、怠惰の始まりです。……さあ、その女性をマネジメント・ホイールへ!」
信者たちが一斉に手を伸ばしたその瞬間、カイルの全身から、戦場を焦土に変えてきた「本物の闘気」が溢れ出した。彼は腰の剣を抜くことすらなく、ただその肉体一つでクラリスを背後に隠し、立ちはだかる。
「……言ったはずだ。彼女は、私の『傷ついてもいい場所』だと。……それを土足で踏み荒らすなら、相手が誰であろうと容赦はせん」
「カイル……」
背後でクラリスが、震える手でカイルの外套を掴んだ。
その小さな震えが、カイルの守護本能を極限まで引き上げる。
物陰では、エドワードが金の眼鏡をずらし、拳を握りしめていた。
「……ソフィア。行かせてくれ。友が、たった一人で見つけた『普通』を、私の信者たちが壊そうとしている。……王として、私はあの子たちを……」
「いいえ、エドワード。今は、待ちなさい」
ソフィアが珍しく厳しい声で制した。彼女の視線は、別の方向に向けられていた。
「……見て。あの子たちが、もう動いているわ」
信者たちの足元に、キラリと光る銀の糸――いや、それは極細のワイヤーだった。
「……管理外の移動は、事故の元よ」
冷徹な声と共に、ルナが指先を引く。
仕掛けられていたトラップが作動し、信者たちの「管理体操」の足並みが一気に崩れた。
「わわっ! 何これ、足が動かない!」
「こっちだよ! 早く逃げて、カイルさん!」
テオがエトワールと共に飛び出し、混乱に乗じて信者たちの視界を砂煙で遮る。
「……テオ!? ルナ!?」
カイルが驚愕の声を上げる。
「おじさん、格好いいのは分かったから! 早くその人を連れて、僕たちの隠れ家、学園の旧図書室へ! あそこなら、ルナが仕掛けた防犯システム(管理)が完璧だから! エトワールお願い!」
カイルは一瞬、呆気に取られたが、すぐにクラリスの腰を抱き寄せ、力強く地面を蹴った。
テオが素早く飛び降りると、エトワールが二人を先導していく。
「……恩に着るぞ、少年たち!」
二人の背中が遠ざかるのを、テオは祈るような気持ちで見送り、ルナは冷静に「信者たちの復旧時間」を計算していた。
物陰では、エドワードが深く息を吐き、落とした付け髭を拾い上げた。
「……やれやれ。主役の座は、あの子達に奪われたようだな」
「ふふ、でもエドワード。見なさいな、あのカイル様の走り。……あんなに必死に、誰かを『失いたくない』と願う背中。……私たちが時より平和の中で置いてしまう、本当の『愛』の形かもしれないわね」
ソフィアは優しく微笑み、エドワードの腕を取った。
一方、逃げるカイルの腕の中で、クラリスは赤らめた顔を彼の胸に埋めながら、小さく呟いた。
「……カイル様、心臓の音が……すごく、早いです……」
「……計測してくれるか? ……もちろん管理ではない、看護師として、一人の女性として。……君にだけ、知っておいて欲しいんだ」
鉄の騎士の不器用な言葉が、夕暮れの風に溶けていった。




