愛しいベイビー
「聖夫婦」の情熱的な夜(という名の罵倒合戦)から一週間。私たちの元に、王家から「期待」という名の最終兵器が届く。
「これは、魔導技術の粋を集めた『教育用魔法人形』ですわ。お二人が親としての適性を示すまで、この子が健やかに過ごせるか試させていただきましょう」
能天気王妃様の使者が置いていったのは、見た目も重さも本物の赤ん坊そっくりの、しかし瞳に怪しい魔力の光を宿した人形。
「なんか……きもい」
この「ベイビー」は厄介な機能を備えていた。
【周囲の感情を読み取り、不穏な空気を察知すると、国中に響き渡る音量で泣き叫ぶ】のです。大袈裟な。
「……ふん。人形一つで、この私の生活が乱されると思ったら大間違いだ」
アルフォンスは、ソファに座って優雅に書類を読んでいた。しかし、その脚はイライラと貧乏ゆすりを刻み、視線は揺り籠の中で眠るベイビーを「どうやって電池を抜くか」という殺意で射抜く。
「脚、揺れてるわよ」
「武者震いだ」
「アルフォンス。あなたがそうやって不機嫌を垂れ流すから、ベイビーの魔力ゲージが赤くなっているじゃないの」
「私はなにも言ってな……」
案の定、ベイビーが「フギャアアアア!」と爆音で泣き始めました。
これに反応して、廊下の清掃をしていた使用人たちが「まあ、お二人が喧嘩を!?」「愛に亀裂が!?」と騒ぎ始めた。
「……っ、エルゼ! 早くなんとかしろ!」
「あら、アルフォンス様。育児は『義務』を共有する二人の共同作業ですわ。さあ、抱っこして差し上げて?」
私は無理やり、泣き喚くベイビーをアルフォンスの腕に押し付ける。
アルフォンスは引きつった笑顔で、ベイビーをぎこちなく揺らす。
「よしよし、いい子だ……静かにしろ、この魔力の塊め。さもなくば暖炉に放り込むぞ」
すると、ベイビーがピタリと泣き止む。そして、アルフォンスの金髪を力いっぱい掴んで引きちぎろうとした。
「ぐっ……!? この、ガキ……!」
「まあ、素敵! パパに甘えているんですわね!」
私は大笑いしながら、ベイビーの頬を撫でるフリをして、アルフォンスの脇腹を全力でつねり上げる。
「痛っ……! エルゼ、君も……協力してくれ……!」
アルフォンスは悶絶しながらも、周囲の目を気にするように私を抱き寄せる。
ベイビーを真ん中に挟んで、私たちは「幸せな親子」の構図を無理やり作り上げた。
「ええ、アルフォンス様。私たちの愛の結晶(仮)ですもの。……ねえ、見てください。この子の瞳、あなたのあのドブネズミのようなグレーの瞳にそっくりですわ」
「ははは……! 君の毒蛇のような鋭い目元にもよく似ているよ、エルゼ」
私たちが顔を寄せ合い、お互いを呪う言葉を極上の甘いトーンで囁き合うと、ベイビーは「きゃっきゃ」と喜び始める。
どうやらこの人形、「質の高い殺意(情熱)」を「深い愛情」と誤認してチャージするバグ……いえ、仕様があるよう。
翌朝、報告に訪れた魔導師は驚愕。
「信じられません! ベイビーの『幸福度ランク』が、歴代最高値を更新しています! お二人がいかに、一秒の隙もなくお互い(と子供)を激しく、狂おしいほどに想い合っているかの証明です!」
((違う、一秒たりとも隙あらば相手を仕留めようと神経を研ぎ澄ませているだけよ……!!))
私たちは、ベイビーに髪を毟られ、服をヨダレ(魔法液)まみれにされながら、またしても「聖なる親」の称号を上書きされていくのでした。
「……エルゼ。この人形、明日には王家に返していいかな」
「同感ですわ、アルフォンス様。私の精神が削り殺されるのが先か、あなたが禿げるのが先か、賭けをしてもよろしくてよ」
そして、私たちはベイビーを挟んで、本日何度目かの、外面だけは完璧な「家族の頬への口づけ(音だけのフリ)」を交わすのでした。




