愛の学園
昨日の塔での騒動から一夜明け、テオとルナは重い足取りで学園の門を潜った。
日記は無事回収した。しかし、あの日記よりも恐ろしいものが、タカ派の信者たちの手によって学園に持ち込まれていた。
王宮を離れれば少しはマシかと思ったけど、現実は甘くはなかった。
学園は今や、王都で最も熱狂的な「三大教派の実験場」と化していた。
「……ねえ、ルナ。僕、今日はお腹が痛いから帰ってもいいかな?」
「ダメよ、テオ。欠席は貴方の健康管理スケジュールを12%狂わせるわ。……でも、私の計算が正しければ、校門の先にはもっと『体調が悪くなる光景』が待っているはずよ」
ルナの予言は的中した。
「僕たちのお気に入りの噴水広場……」
テオが指差す先、学園中央の噴水には、誰が持ち込んだのか「便所の神」の小さな石像が据えられ、その周囲を【不変愛・仮死派】の生徒たちが埋め尽くしていた。地面に転がり、重なり合い、微動だにしない。
「……不変の愛……動くべからず……。授業のチャイムなど、永遠の前では一瞬のノイズに過ぎない……」
「……最悪ね。あそこ、最短ルートだったのに。……テオ、あいつらを踏まないように大回りするわよ。死体ごっこをしている連中の服を汚すと、『不変のシミ』とか言って喜ばれるから」
ルナは冷ややかに手帳に『学園内の不法占拠率:40%上昇』と書き込んだ。
王宮から借りた本の山に埋もれた後……。
二人は喧騒を逃れ、ようやく学園の隅にある大きな木陰の芝生へと辿り着いた。ここなら誰も来ない。テオは安堵して、ルナが用意してくれたお弁当を広げる。
「よかった、ここはまだ静か……」
テオが卵焼きを口に運ぼうとした、その時だった。
「「「「管理して……管理して……お箸の角度を……管理して……」」」」
すぐ隣の茂みから、等間隔に並んだ【純愛・福音派】のタカ派生徒たちが、キレのある「愛の管理体操」をしながら踊っていた。
彼らは一斉に、ルナがテオの耳を塞いだ時のように、両手を耳に添える「遮断の型」をとり、そのまま深々と腰を折ってペンで空中にチェックを入れる「記入の型」へと移行する。
「「「「管理して……管理して……呼吸の回数管理して……」」」」
「……ルナ、もうダメだ。卵焼きの味が『管理』の二文字に上書きされていくよ」
「無視なさい、テオ。……と、言いたいけれど、あっちも見て」
ルナが指差したテラス廊下の方では【熾烈愛・屠殺派】のカップルが、激しい挨拶を交わしていた。
「おはよう! 今日も死ぬほど愛してるわ!(全力の回し蹴り)」
「ああ! 君の殺意で目が覚めたよ!(喉元一ミリでの手刀受け)」
彼らは本気で愛を確かめ合いながら、爽やかに教室へと消えていった。
「……ねえ、ルナ。あの二人、ずっと往復を繰り返してるけど誰も止めないんだね」
「止められるわけないでしょう。先生たちも半分くらいは『仮死派』として噴水の周りで寝てるんだから。……今のこの学園で、正常な時間管理を守っているのは、私と貴方とエトワールだけよ」
生徒たちの唱和が響き渡る中、テオはただエトワールを抱きしめ、お弁当の隅っこに残ったポークソテーを口にした。




