新たな芽生え
エルゼの「本気の氷結」とアルフォンスの「本気の猛毒」が、建設途中の『愛の急降下』最上階で正面衝突した。凄まじい衝撃波が走り、日記を掲げていた【純愛・福音派】のタカ派信者たちは、その圧倒的な「愛(殺意)の熱量」に当てられ、白目を剥いて吹き飛んだ。
「ああっ!? 私の聖典(日記)が!」
信者の手から離れた黒革の手帳が、冬の空に放り出され、ヒラヒラと王都の空へ舞い落ちていく。
「死ね、アルフォンス! お前の毒霧が風圧を生んだせいで、日記が飛んでいったじゃない! あの150ページには、お前の寝顔がいかに毒々しいかのスケッチも載っているのよ!」
「くたばれ、エルゼ。……フフ、それは好都合だ。あの日記がこの高さから落下し、地面に激突して粉々になれば、私の不名誉な記録もろとも、君の『偏った観察眼』も消滅する」
二人が地上数百メートルで本気の足の引っ張り合いをしている間、日記はちょうど、塔の麓に広がる「地獄のカーペット」……【不変愛・仮死派】の群れの上空へと差し掛かっていた。
「……見よ。空から『愛の言葉』が降ってくる……」
「……動くな。落ちてくる紙片こそ、便所の神(4人を模した像の呼称)からの啓示。我々はただ、それを受け止める器となればよい……」
仮死派の信者たちは、寝転んだまま口をぽかんと開け、降ってくる日記を「不動の心」で待ち構えている。
最上階から舞い落ちる日記の断片。それはルナにとって、自分のアイデンティティそのものであり、テオをこの地獄から隔離するための「管理計画書」だった。
「待ちなさい……! それだけは、誰の手にも渡さないわ!」
ルナはいつもの冷静さを欠き、建設中の不安定な鉄骨を駆け下りた。だが、その足元は、建設資材を埋め立てるために掘られた、底も見えない深い垂直の竪穴。
足を滑らせた瞬間、ルナの体は重力に引かれ、闇へと吸い込まれそうになった。
「あ――」
声も出ない。指先が鉄骨を掠め、虚空を掴む。
だが、その細い手首を、誰よりも早く、そして力強く掴む手があった。
「……捕まえた。……離さないよ、ルナ」
テオだった。彼はエトワールの背から身を乗り出し、必死の形相でルナを繋ぎ止めていた。竪穴の縁に片手でしがみつき、もう片方の手でルナを吊り上げている。
「テオ……? 無理よ、二人とも落ちるわ。早く離して。……私の『管理』は、ここで失敗したのよ」
闇を見下ろしながら、諦めたように呟くルナ。だが、テオは歯を食いしばり、この家系に流れる「歪んだ情熱」をその瞳に宿して言い放った。
「ダメだ! ……ルナ、君をここで死なせたりしない。だって、僕を一番残酷に、一番完璧に、死ぬまで管理してくれるのは君だって決めてるんだ。……父さんや母さんみたいな『雑な殺意』に僕を渡さないでよ! 君の冷たい手帳の中で、一生僕を飼い殺すと約束してくれなきゃ、絶対に離さない!」
その言葉は、通常の愛の告白からは程遠い、依存と執着が入り混じった「絶望的な拘束」の誓いだった。
「……テオ……。貴方、なんて……最高に身勝手で、救いようのない『良質なサンプル』なの……」
ルナの琥珀色の瞳に、初めて計算ではない熱が宿る。彼女はテオの腕を強く握り返した。
「わかったわ。約束する。……貴方の人生の最後の一秒まで、私の手帳のインクで汚してあげる。……だから、今すぐ私を引き上げなさい」
二人がボロボロになりながら鉄骨の上へと這い上がった時、その様子を息を呑んで見守っていた者たちがいた。
「――おお……おおお!! 見たか! これぞ純愛だ!」
茂みに隠れていた【純愛・福音派】のタカ派たちが、涙を流しながら崩れ落ちた。
「『君を死ぬまで管理する』……なんと清純で、なんと逃げ場のない愛! エルゼ様たちの『奪い合い』を超え、互いを永遠の牢獄に閉じ込め合うという究極の純愛……! これこそが、我々が広めるべき真実の教典だ!」
信者たちは、もはやルナの手帳など必要ないと言わんばかりに、二人の「ズレた誓い」を脳内に刻みつけ、恍惚とした表情で去っていった。
鉄骨の上で、息を切らしながら横たわる二人。
上空では相変わらずエルゼの氷とアルフォンスの毒が火花を散らしているが、テオの隣で、ルナはボロボロになった予備の手帳に、震える手でこう書き加えた。
『テオ・ド・ラブキルにおける、私への依存度:測定不能(限界突破)。……なお、私の生存理由は、今日から彼の管理業務に完全に一元化された』
「……ルナ。顔、赤いよ?」
「……高度による酸素不足のせいよ。黙って私の睫毛でも数えてなさい」
二人の仲が、世界で一番不健全な形で、深く、強固に結ばれた瞬間だった。




