二人の死
王都の街角で増殖し続ける「便所の神」の像に見守られながら、私たちの殺意は一つの頂点に達しようとしていた。
「死ね! アルフォンス。お前のその卑屈な生存本能ごと、心臓を凍りつかせてあげるわ!」
私は、食事会の最中に生成した極太の氷の杭を、テーブル越しにアルフォンスの胸に、私が生成した氷の杭が深々と突き刺さる。ドシュッ、という重い音が静かな部屋に響き、彼の身体が大きくのけ反った。
アルフォンスの口から溢れたのは、いつもの皮肉ではなく、熱い鮮血だった。彼は力なく椅子から崩れ落ち、床に横たわる。瞳から光が消え、その指先が痙攣したあとに、ピタリと動かなくなった。
(……やった。ついに、やったわ)
歓喜が来るはずだった。だが、私の指先は凍りついたように動かない。
視界の中のアルフォンスは、もう私を罵ることも、冷笑を浮かべることもない。ただの、冷たい肉の塊。
その事実が、私の肺から酸素を奪っていく。
「……ねえ、アルフォンス。起きなさいよ。……冗談でしょう?」
返事はない。彼がいない世界。それは、私の殺意が、私の魔法が、私の存在そのものが「標的」を失い、霧散していくことを意味していた。
彼のいない静寂に耐えきれず、私は震える手で、自分の喉元に鋭利な氷の刃を形成した。
「……死んでも、逃がさないわ。地獄の果てまで追いかけて、そこであんたを永遠に殺し続けてやる」
私は迷わず、自らの喉元へ刃を突き立てた。流れる赤い血。
〜 END 〜
「――くっくっく。ようやくだ。ああ♪ 完璧な演技だったよ、我ながら。エルゼ。君が私を失って絶望し、あんなに醜く後を追おうとするなんて。……くくく、最高だよ。君の絶望顔、額に入れて聖堂に飾ってやろう……」
床に転がっていた「死体」が、愉悦に満ちた笑みを浮かべて起き上がる。アルフォンスは完全に勝利を確信し、私の死体を得る「所有者の傲慢」を滲ませた。
「………!?」
目を見開いているアルフォンス。
そう、私はその瞬間を待っていた。
絶望に濡れていたはずの私の瞳が、一瞬で極北の冷徹さを取り戻す。
「……あら。意外と早かったわね、アルフォンス。あなたがその『勝利の余韻』に浸って、無防備になるのをずっと待っていたのよ」
「……何?」
「死ぬわけないでしょう、こんな不燃ゴミのために。お前が起き上がって自慢げに喋り出すタイミングは、一ヶ月前の会話から予測済みよ。……今、あんたのその無防備な体を、直接心臓まで凍らせてあげるわ」
私が冷笑を返すと同時に、アルフォンスへ刺青のような氷の蔓で彼の身体を一気に這い上がらせた。
「っ……この、狡猾な魔女め……!」
「お互い様よ。あんたの『死の偽装』なんて、私にしてみれば透けて見える安っぽい喜劇だわ。さあ、そのまま固まって、次の食事会のデザートにでもなりなさい!」
「ヴァカめ!! 私は常に準備を怠ってなどいない! 保険はいつだって用意してあるのさ」
結局、私たちは氷漬けになりかけたアルフォンスと、それをさらに踏みつけようとする私という、いつもの地獄絵図を再開させた。
「死ね、アルフォンス。お前のその『勝ったと思った』瞬間のマヌケな顔、一生の語り草にしてあげるわ!」
「くたばれ、エルゼ。……だが、私の芝居に一度は本気で心臓を止めたくせに、よくもまあそこまで傲慢になれるものだね。その可愛げのなさが、君に残された唯一のちっぽけな価値だよ」
遠くの席では、この凄惨な「愛の確認」を近くに座るテオは、もはや言葉を失い、ただ無機質な目でエトワールを撫でていた。
「……エトワール。あそこにいるのは、愛し合う夫婦じゃない。ただ、どちらが先に相手の尊厳を破壊するかを競っているだけの、救いようのないモンスターだよ。……あんなのが将来の目標だなんて言われたら、僕は今すぐこの国に宣戦布告するね」
エトワールが、テオの言葉に同意するように、低く、重い溜息を吐いた。




