便所の神
ドワーフの失われた超技術(仮)を再現する一環として、あの「便所の神(エルゼ命名)」の像が量産され、王都の辻々に設置され始めた。
当初は建設中の塔の周辺にのみ置かれる予定だったが、二つの派閥が「これぞ我々の聖像だ」と主張し、あっという間に街中が奇妙な石像だらけになったのだ。
「アルフォンス。見てちょうだい、あの無機質な顔の石像を。街角の公衆便所の横にまで『守護神』として置かれているわ。……そもそも、私たちがメルカトルの便所で拾ってきた(皮肉)代物が、なぜこの国の景観を支配しているのよ」
私は、道端の石像に「殺意派」が赤いペンキで血のような涙を描き込んでいるのを見て、扇子で目元を覆った。
「あの『殺意派(原教旨主義者)』どもは、あの像の虚無的な瞳を『エルゼ様が標的を屠る直前の冷徹な眼差し』だと言い張って、武器の浄化儀式に使っているわ。私の尊厳が、公共施設の備品レベルまで落とされた気分よ」
「同感だね、エルゼ。だが、向こうの『純愛派(改革派)』の暴挙よりはマシかもしれないよ。あちらはあの像の無表情を『テオ様の秘めたる恋の静寂』と呼び、あろうことかパステルカラーの花冠を供え、恋の願いを込めた手紙を像の口にねじ込んでいる。……死ね、エルゼ。君の持ち帰ったガラクタのせいで、王都の郵便事情まで麻痺しているんだよ」
アルフォンスは、石像の口から溢れ出しているピンク色の封筒を冷徹な目で見つめた。
この石像が設置されるたびに、両派閥の間で「正しい祈り方」を巡る小競り合いが発生している。
「殺意派」は像の前でナイフを研ぎ、「純愛派」は像の前で愛の詩を朗読する。その光景は、もはやどちらが正気か判断できないほどのカオスと化していた。
そこへ、エドワード陛下が「便所の神」のレプリカを誇らしげに抱えて現れた。
「エルゼ、アルフォンス! この像の量産こそ、聖地化の要だ。見よ、この像が設置されてからというもの、民の信心は二つに分かれつつも、その熱量は倍増した。……予は確信した。この像は、お前たちの愛という『激流』を、民の生活という『大地』に繋ぎ止めるアンカー(錨)なのだ!」
「ええ、エドワード。形があることで、皆様の祈りもより具体的になりますわ。殺意と純愛、そのどちらも包み込むこの像の寛大さ……。ああ、なんて美しいのかしら」
ソフィア様までもが、その「便所の神」の額に敬虔なキスを捧げている。
(……死ね、アルフォンス。陛下たちはあの像を、この国の精神的インフラにするつもりよ。そのうち、あの像のミニチュアが各家庭のトイレに祭られるようになるわ。……お前の死体も、あの像と一緒に埋めてあげたいくらいだわ)
(君の思考回路こそ、便所に流してしまいたいよ、エルゼ。……だが、テオを見てごらん。あの子、自分の告白がこの『石像崇拝』の燃料にされた絶望で、エトワールを抱きしめたまま石像の影で固まっているよ。……可哀想に。彼にとっては、もうこの国全体が巨大な便所のような居心地だろうね)
テオは、少女と歩きながら、街中に増殖した「自分をモデル(誤解)にされた石像」を、この世の終わりを見るような目で眺めていた。
(……なんで。ただの不気味な石像なのに、なんで右の人は血を塗って、左の人は花を飾っているんだ。……もう、僕を放っておいて。父も母も、この像を叩き割るくらいの気概は見せてくれないのか!)
エトワールの情けない鳴き声が、石像の口に押し込まれたラブレターの隙間から、虚しく響き渡った。




