体現者の助言
王宮の広大なガーデンでは、華やかな屋外食事会が催されていた。
色とりどりの花々と贅を尽くした料理が並び、この国の「愛の象徴」である私とアルフォンスを一目見ようと、熱狂的な貴族たちがひしめき合っていた。
「アルフォンス。さっきからその、公衆の面前でフォークを武器のように構えるのをやめてくれないかしら。あなたのその殺気のせいで、給仕のワインが微かに震えているわよ」
「同感だね、エルゼ。君がその野蛮な顎で肉を噛み砕く音が、この雅な音楽を台無しにしている事実に気づくべきだ。……エルゼ。君を見ているだけで、私の消化器官がボイコットを始めているんだ」
私たちはいつものように、完璧な貴族の所作を保ったまま、剥き出しの毒を吐き合っていた。周囲の貴族たちは、その殺伐としたやり取りを「情熱的な対話」と勘違いし、うっとりと頬を染めて歓声を上げている。
だが、そんな狂騒が遠くの騒音のように聞こえる場所があった。
広場の端、古びた大樹の深い木陰。
テオは独り、地面に座り込んで俯いていた。その腕には、主人の心の揺れを察した聖獣エトワールが、静かに喉を鳴らして寄り添っている。
「……まったく。二人とも、飽きもせず。揃いも揃って……」
テオは木漏れ日の中で、遠くの席に座る両親をゴミを見るような冷徹な目で見下していた。
エトワールの背に顔を埋め、少年の小さな肩が微かに震える。
その時、テオを包む影が僅かに重なった。
喧騒の主役であったはずのエドワード陛下とソフィア王妃が、誰にも気づかれぬよう、そっと、そして優しくテオの隣に現れた。
「……テオ。そんなに怯えた顔をなさらないで」
不意に届いたソフィアの鈴を転がすような声に、テオが弾かれたように顔を上げる。
そこには、熱狂に浮かされていた瞳を閉じ、王としての、そして父としての深い慈愛を取り戻したエドワードと、穏やかな微笑を湛えたソフィアの姿があった。
「ソフィア様……それに、エドワード陛下……」
「……テオ。予は少しばかり、浮かれすぎていたのかもしれぬな。聖地化という大業に目を奪われ、一人の少年の繊細な心を踏みにじるところであった」
エドワードの声は、遠くの喧騒を消し去るほどに静かで、温かかった。ソフィアもまた、テオの前に静かに跪き、エトワールの毛を撫でながら、少年の震える手を優しく包み込んだ。
(……え? なんでこの人たち、急にまともなことを言ってるんだ? 今まであんなにノリノリで僕の告白を国家行事みたくしようとしていたのに。……まさか、この人たちだけが、この国で唯一『正気』と『狂気』を使い分けているっていうの!?)
「テオ。……敬称は不要よ。今はただのソフィアとして話をさせて」
ソフィアの瞳には、かつて愛に悩み、エドワードとの絆を再構築した一人の女性としての知性が宿っていた。
「貴方が好きな彼女が貴方をゴミのように見るのは、貴方が『愛殺教の象徴の息子』だからではなく、貴方が一生懸命に『自分』を隠そうとしているからではないかしら? 愛とは、飾られた言葉の中にはないの。醜く、泥臭く、それでも相手の心に触れたいと願う、その『正気』こそが一番尊いのよ。怖がらないで。貴方のその『静かな真実』を、私たちが守り抜くと約束するわ」
エドワードが、テオの肩に手を置く。数多の戦場で人々を鼓舞し、そして希望を与えてきた強い、とても強い手だった。
「行くんだ、テオ。お前自身の言葉で、お前自身の愛を語るんだ。この木陰のような静寂を、誰にも邪魔させはせぬ」
テオの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。王としての威厳を取り戻したエドワードと、聖母の慈愛を宿したソフィア。その二人の姿は、狂った聖地の中で、唯一の正しい道標に見えた。
「……ありがとうございます。……僕は……勇気を出して、行ってきます」
テオは最後、食事会で毒を吐き続ける両親を冷たく射抜き、勇気を胸に歩き出していた。
エドワードとソフィアが作り出した、奇跡のような静寂の中、テオの告白が今、始まろうとしていた。




