純度100%の愛殺教伝授
王宮の私室。普段なら一触即発の殺気が漂うはずのこの場所に、今日は奇妙な緊張感が流れていた。
テーブルを囲むのは、エルゼ、アルフォンス。そして、二人を前に死んだ魚のような目で紅茶を啜る息子、テオだ。
「……テオ。隠さなくていいわ。あなたのその、湿った仔犬のような瞳を見ればわかる。恋ね? 相手は誰? 今すぐ住所と家系図、それから弱点の一覧を提出してちょうだい」
私は、テオの好物である菓子を皿に盛りながら、もはや隠しもしない「狩猟者」のトーンで切り出す。
「アルフォンス。あなたがそんな『獲物を見るような目』でテオを見るから、この子が萎縮しているじゃない。……テオ、安心しなさい。お母様がその子の周囲一帯を物理的に封鎖して、あなた以外と口を聞けないようにしてあげるから」
「君のその、愛を『包囲網』と勘違いしている野蛮な発想には眩暈がするよ、エルゼ。……テオ、こいつの言葉は無視したまえ。愛とはもっとスマートなものだ。まず相手の日常を徹底的に観察し、その彼女の自尊心を少しずつ削り、お前という存在が唯一の救いであると錯覚させる……いわゆる精神的な『調教』から始めるんだよ」
アルフォンスは、冷徹な手つきでティーカップを揺らしながら、最悪の教育論を淡々と説始めた。
テオは、かつて初めて会った瞬間に「あ、この人たち、お互いを殺したがってる」と見抜いた時と同じ、底冷えするような冷笑を浮かべて二人を見た。
「お父様、お母様。相変わらずのクズっぷりで安心しました。僕に恋愛相談を勧めた奴を今すぐこの世から消してやりたい気分です」
(父も母も、相変わらず恋愛を『戦争』か『暗殺』だとしか思ってない。こんな連中に相談するくらいなら、聖獣のノミ取りをしていた方がよっぽど建設的だったよ。……ああ、反吐が出る)
「あ、の……僕はね、そんな風に彼女を追い詰めたいんじゃなくて。ただ、彼女が何を考えているのか知りたくて。彼女、僕が『愛殺教の象徴の息子』だってことに、全く興味がないみたいなんだ。……他の連中みたいに、僕を通して二人を見ていない。ただの『テオ』として、ゴミを見るような目で僕を見てくる。……それが……気になるんだ」
テオのその一言に、私たち二人の動きが止まった。
「格好いい両親」の息子としてではなく、ただの「テオ」を、それも「ゴミを見るような目」で見下す少女。それは、この狂った聖地において、ある種の「異端」であり、同時に私たちがかつて追い求めた「本物」の気配がした。
「……面白いじゃない。この街のイカれた連中の中で、唯一正気を保っている個体というわけね」
「確かに。君の家系や背景を無視するその無関心さは、ある種の知性を感じるね。……エルゼ、私たちが教えるべきは、武力行使でも精神操作でもないかもしれない」
「死ね、アルフォンス。お前がテオに『本物』を語るなんて、噴飯ものだわ。でも……ええ、そうね。この子が抱いたその『不器用な戸惑い』だけは、私たちが世界に売り飛ばしたあの安っぽい愛殺教に汚させたくないわね」
「お前の脳に、珍しくまともな思考が宿ったようだね。……テオ、いいかい。その少女の無関心を、大切にするんだ。この国で唯一、君を『神の子』ではなく『ただの少年』として扱ってくれるその刃のような冷たさこそ、君が愛すべき真実だよ」
その時。
部屋の外では、扉に耳を押し当てていたエドワードとソフィアが、溢れる涙を止めることができずにいた。
「……ソフィア、聞いたか? 『ゴミを見るような目こそが真実』……! なんという深遠な愛のパラドックスだ。エルゼたちは、息子にさえも、表面的な崇拝に惑わされない『真理の目』を授けようとしている……!」
「ええ、エドワード……。テオの反抗的な毒舌さえも、お二人の情熱を継承した『愛の証』なのね。ああ、なんて完璧な家族なのかしら……!」
私たちの「本気でこじらせたアドバイス」とテオの「親不孝な毒舌」は、壁一枚隔てた先でまたしても「聖なる教育論」として神格化され、王宮の廊下に感動の嵐を巻き起こしていた。
テオは、両親に劣らぬ冷徹な視線で、部屋の外の気配を察知して深いため息をついた。
(この街に、まともな大人は一人も残っていないか。……ああ、聖獣のところへ帰りたい。父と母の顔を見ているだけで、僕の将来が暗雲に包まれていくのがわかる)




