偽りの聖地で咲いた花
王都が「愛殺教」の香気と熱狂に浮かされる中、テオは独り、寄宿舎の裏庭で聖獣の背を撫でていた。
両親が「愛の象徴」として祭り上げられれば上げられるほど、テオに寄せられる羨望と恋文の数は膨れ上がる。だが、そのどれもが「あの理想の夫婦の息子」というラベルに向けられたものでしかなかった。
「……ねえ、君なら分かってくれるよね。あの二人のどこが『愛の象徴』なんだろう。昨夜だって、父は母のスープに毒を盛ろうとして、母は父の寝室に氷の罠を張っていたんだよ……」
聖獣は小さく喉を鳴らし、テオの頬を舐めた。テオが唯一、本当のことを話せる相手。
そして今、テオの胸を焦がしているのは、数多の熱狂的なファンではなく、自分に一度も視線を向けない、無関心な同級生の少女のことだった。
(みんな、僕の両親みたいな『激しい愛』が正解だと思ってる。でも、僕は……あんな殺伐としたものじゃなくて、もっと静かな、本当の気持ちを知りたいんだ。……誰にも相談できないけど)
その頃、王宮の私室では。
珍しく、エルゼとアルフォンスがテーブルを挟んで、「暗殺の隙」を伺うのとは違う種類の沈黙を共有していた。
「……アルフォンス。テオの様子が変よ。最近、食事の最中に溜息をつく回数が、あなたが私の料理を警戒する回数より多いわ。……あの子、恋をしているんじゃないかしら」
「同感だね、エルゼ。君の粗野な振る舞いを間近で見て育ったテオが、よくもまあ女性に興味を持てたものだと感心するよ。だが、あの子が抱えているのは、この街の連中が持っているような安い熱狂ではないようだ」
二人は、テオという存在に対してだけは、奇妙な共通認識を持っていた。
自分たちの「偽り」の巻き添えにしてしまった、唯一の、守るべき「本物」であると。
「死ね、アルフォンス。お前のその冷徹な恋愛観をテオに吹き込まれたら、あの子の人生が冬の時代に突入するわ。……ここは一度、私たちが『真剣に』相談に乗るべきよ。あの子が相談相手を求めて、あの聖獣の毛をむしり取る前にね」
「それは名案だね、エルゼ。君の『力ずくで相手を屈服させる』という狩猟民族のような恋愛論こそ、テオには毒でしかないがね。……よかろう。テオを呼ぼう。私たちが世界で一番『愛』から遠い場所にいる自覚を持った上で、あの子の『本物』に向き合ってやろうじゃないか」
殺意の香水が充満する聖地で、偽りの両親による、あまりに真剣で、あまりに不器用な「恋の相談室」が開かれようとしていた。




