聖典の改訂
数日後、私たちが王都の目抜き通りを歩いていると、広場に大きな人だかりができていた。
そこには、新進気鋭の「愛殺教」の書記官たちが、熱心に石板へ何かを刻んでいる姿があった。
「ちょっと、アルフォンス。あそこの看板を見てちょうだい。私が昨日、お前の寝顔に毒を盛ろうとした時に吐き捨てた『その腐った眼球ごと永遠に凍りつきなさい』という言葉が、教会の『朝の祈り』のトップに君臨しているんだけど」
私は、もはや仮面を被る労力すら馬鹿らしく面倒でサボり始め、道ゆく信者たちの前で堂々と不燃ゴミを指差した。
「同感だね、エルゼ。私の『君の葬列には、香水ではなく猛毒を撒いてあげよう』という至高の提案も、今や婚礼の儀における『不変の誓い』として定型化されているらしい。……この国の人間は、言葉の定義を辞書から抹消して、代わりに狂気を詰め込んだようだね」
アルフォンスは、周囲の熱狂的な視線を冷徹に無視し、完璧な所作で私の暴言を受け流した。
驚くべきことに、私たちのこの会話を聞いた信者たちは、一斉に地面に跪き、激しくメモを取り始めたではないか。
「……おお! 聞いたか! 『眼球ごと凍れ』……これは、愛する者の不浄な視線を、純潔な氷で守れという慈悲の教えだ!」
「『葬列に猛毒を』……! つまり、死してなお、他の誰にも触れさせぬという、独占愛の極致……! なんと、なんと高潔な……!」
(……こいつら、本当に救いようがないわ。私が本気でお前の息の根を止めようとしている事実が、なんでそんなキラキラした解釈になるのよ。私の殺意が、勝手に『愛のメタファー』に変換されていくこの不条理、誰か止めてくれないかしら)
「死ね! アルフォンス。お前が息をしているだけで、この国の集団幻覚が加速するわ。今すぐその薄汚い存在を、この世界からデリートしてちょうだい」
「それは無理な相談だね、エルゼ。私が消えたら、君のその溢れんばかりの暴力的なエネルギーはどこへ向かうんだい? 君が私を殺そうと足掻くその姿こそが、この狂った国民たちの『生きる糧』になっているんだ。責任を取りたまえ、愛の聖女殿」
私たちの直球の罵り合いに、ついに教会の鐘が鳴り響いた。
それは、新たな教義が誕生したことを告げる、祝福の鐘だった。
王宮の奥底では、エドワード陛下が最新の「聖典」を手に、震える声で音読していた。
「……素晴らしい。エルゼとアルフォンスの言葉は、もはや既存の言語体系を突き抜けた。ソフィア、見よ。彼らの『死ね』という言葉には、一千の祝福が込められている。これぞ真の観光資源……いや、人類の至宝だ!」
「ええ、エドワード。お二人が口を開くたびに、この国に新しい愛の形が生まれますのね。なんてクリエイティブな夫婦なのかしら……」
私たちの純度百パーセントの「殺意」が、世界を救う「聖句」として流通し、もはや翻訳不能な幸福感の中で立ち尽くすしなかった。




