聖地の香りとサボり
先行予約で国家予算に匹敵する額を叩き出した香水『永遠の死(エルゼ&アルフォンス・エディション)』。その発売当日、王都は「目に見える熱狂」と「目に見えない毒」に包まれていた。
私は馬車の窓から外を眺め、あまりの惨状に思わず扇子を握りしめた。街ゆく人々が皆、魂の抜けたような顔でふらふらと歩き、虚空に向かって祈りを捧げている。
「アルフォンス。さっきから街の連中がゾンビみたいに虚空を拝んでいるけれど、私の『氷塊の冷徹』が、彼らの理性を物理的に凍らせすぎたのかしら?」
「同感だね、エルゼ。だが、彼らが震えているのは君の香りのせいだけじゃない。私が加えた『銀の刺突』が、彼らの本能的な恐怖を呼び覚ましているのさ。愛とは常に死と隣り合わせだという真理を、彼らはその身をもって学んでいるんだよ」
もはや、周囲の目を気にして「様」をつける必要すらとうに感じなかった。
この街の住人は、私たちが互いを呼び捨てにしようが、罵り合おうが、それを「あまりに高潔すぎて既存の礼節を超越した聖なる対話」として涙ながらに受け入れるほど、その鼻も脳もイカれてしまっているのだから。
「死ね!アルフォンス。お前の混ぜた麻痺剤のせいで、国民が半分ゾンビみたいになってるじゃない。……まあ、お前の顔を直視して正気でいられるよりは、これくらい麻痺している方が幸せかもしれないけどね」
「お前の放つあの暴力的な冷気で、街の植物までしおれ始めていることに気づかないのかい? お前の香りはもはや『洗練』を通り越して『天災』だよ。……おかげで、私の細工した毒が、君の冷気のせいだと誤認されて助かっているけれどね」
王宮のバルコニーでは、エドワードとソフィアが、この異様な光景に感涙していた。
「見よ、ソフィア。民が、エルゼとアルフォンスの香りに酔いしれ、もはや世俗の悩みなど忘却の彼方だ。これこそが予が夢見た、平和の究極形ではないか」
「ええ、エドワード。この香りに包まれている限り、争いも憎しみも消え去る……。ああ、なんて尊い光景かしら」
エドワードの目には、中毒症状で震える民衆が「感動に震える信徒」に映っているらしい。彼は満足げに頷いた。




