国家聖地化計画
王宮の応接室には、春の陽光のような穏やかな沈黙が流れていた。
エドワード陛下がソフィア王妃の指先を愛おしげに取り、あの絆を再確認するように、深くその瞳を見つめていた。(私の熟読した二人の回顧録より)
「ソフィア、予は改めて確信した。そなたという光があればこそ、この国の未来を照らす計画も、真実の輝きを放つのだと」
「まあ、エドワード……。貴方のその情熱こそが、昔から私の心を照らす、進むべき道標でございますわ」
倦怠期を脱したという表現では生温い。生温過ぎる。互いを名で呼び合う二人の間には、もはや一寸の隙もない幸福そのものが満ちていた。その尊すぎる光景を前に、私は、もはや皮膚の一部と化した完璧な微笑を湛えたまま、隣に座る「夫という名の不燃ゴミ」にだけ聞こえる音量で、研ぎ澄まされた刃を突き立てた。
「……アルフォンス。さっきからあなたの放つ退屈な吐息のせいで、この部屋の酸素が物理的に汚染されているわ。もしあなたの心臓がただの飾りだというなら、今すぐそれを陛下に献上して、愛の重石にでも使っていただいたらどうかしら?」(死ね!アルフォンス。ノロケを見る退屈しのぎに、今すぐその薄ら笑いごと消えてなくなれ)
「それは興味深い提案だね、エルゼ。だが、私の心臓が飾りだとしても、君のその筋肉の塊のような脳よりは機能美に優れていると思うよ。君が口を開くたびに、この国の知性平均が暴落していく事実に、私は一刻も早い人々の進化を願わずにはいられないんだ」(お前の顔を見ているだけで、私の視神経が腐食していく。永遠に眠ってくれ)
アルフォンスは視線すら動かさず、完璧な所作でカップを扱う。
「さて、エルゼ、アルフォンス。君たちという『愛の象徴』の噂は、今や遠方の国々にまで届き、我が娘カサンドラが涙ながらに帰国するほどの救いとなっている。予は、この奇跡をいま一度、国家存亡の基盤として明確な形にしたいと思っている」
((嫌な予感しかしない……))
エドワード陛下が、統治者としての真剣な貌で、一国の王としての「冷徹な合理性」を語り始めた。
「資源に頼るだけの国は、他国の機嫌に財政を依存し、外圧に容易に屈してしまう。やがて来る大国の波に呑まれるやもしれん。暴挙に抗うには、軍備増強のための莫大な予算が必要だ。そこで予は、我が国を『観光大国』……いや、国ごと『愛殺教』の総本山、大陸最大の聖地へと変革させたいと思っている」
((なに言ってんの、この人……))
「これは単なる財源確保ではない。宗教的聖域という『犯し難き価値観の盾』を得ることで、他国からの侵攻を心理的に抑止する、高次元の国防戦略なのだ。聖地を汚せば、その国は大陸中の信徒を敵に回すことになるからな」
(……でも……言ってることは筋がちゃんと通ってる……。地政学的にも心理学的にも完璧な戦略だわ。でも待って、その『盾』のコアが、私たちの不毛な殺し合いなわけ!?)
「手始めに、重要施設の要所には愛の象徴である君たちの像を置く。王宮正面広場には、君たち夫婦が互いの喉元を狙い合う、あの情熱的な極限の愛を具現化した『純金製の絡み合う銅像』を建立し、そこから君たちの誓いの言葉が流れる仕掛けを作る。これこそが、世界を魅了する聖地の第一歩となると確信している」
(……あ、それ。こないだ行った商工国のメルカトル公国の、公衆トイレの入り口に全く同じポーズの天使の像があったわ。しかもあっちの方が金メッキの質が良いはず。……というか、この国を巨大な精神汚染区域にするつもり!? それも私たちが中心となって!?)
「聖地化、ですか……」
私はアルカイックスマイルを維持したまま、愕然とする意識をどうにか繋ぎ止めて返した。
「そうだ。人々は、自分たちの愛の軽さを恥じ、救いを求めてこの地に涙しに来るのだ。君たちが日々、火花を散らしながら魂をぶつけ合うその姿こそ、平和と愛を願う、予とソフィアの理想の結実でもあるのだからな」
「左様でございますね……陛下。私とエルゼの……ええ、この一秒先にはどちらかが息絶えているかもしれないほどの緊張感……失礼、高揚感に満ちた日々が、人々の魂を救済する生ける聖遺物となるのであれば、これ以上の喜びはございません」(エルゼ、お前のその野蛮な拳で、その銅像ごと陛下の夢を粉砕してくれないか。便所の神と同類にされるのは、流石に鼻が曲がりそうだ)
私たちの「隠しきれない殺意」が、聖なる愛の物語として世界に向けて、大々的かつ徹底的に散布されるという、最悪の国家プロジェクトが走り出そうとしていた。




