ただいまとおかえり。家族を繋ぐ、短い旅
商工国の眩い喧騒が遠ざかり、馬車は住み慣れた公爵領の深い森へ。
夕闇に包まれた屋敷の門が見えた瞬間、車内を支配したのは奇妙な沈黙だった。
あれほど「早く帰りたい」と毒づいていたはずなのに、日常の入り口に立つと、祭典の後のような、少し切ない心地よさが胸をかすめる。
「……ようやく、戻ってまいりましたわ」
窓の外、見覚えのある庭園を眺めながら独り呟く。
商工国で浴びた熱狂的な喝采も、黄金のトロフィーも、今は遠い夢のよう。ここにあるのは、冷たく澄んだ空気と、いつ誰に狙われてもおかしくない、張り詰めた「我が家」の静寂だけ。
「ああ。……騒々しいのは性に合わん。やはり、自分の手の届く範囲に死線がある方が落ち着く」
アルフォンスが、馬車を降りるために私の手を取る。
その指先には、ダンスの時の演じられた情熱などない。ただ静かに、私の脈動を、生存を確かめるような、確かな力がこもっていた。
屋敷に戻り、自室で荷解きを始める二人。
並べられるのは、旅先で手に入れた物騒な「思い出」の数々。
「……アルフォンス、これ。市場で見つけた『不可視の毒糸』ですわ。結局、使う機会を逃してしまいました」
「私の方こそ、この『魔氷の針』を君の寝顔に添える暇もなかった。……忙しすぎるバカンスというのも、考えものだな」
互いの裏を取るように買った品。
「ンフフ♪」
「ハハハ」
私たちは、お土産の暗器や毒薬を、まるで愛しい宝物を整理するように棚へと収めていく。
その様子を、テオがエトワールを抱きかかえ、呆れたような、それでいて安心したような目で見守っていた。
「……ねえ、二人とも。普通、旅行の思い出って言ったら、綺麗な貝殻とかお菓子じゃないの? なんで『どっちが先に相手の首を獲るか』の道具を見て、そんなにしんみりしてるわけ?」
テオの鋭い指摘に、私とアルフォンスは顔を見合わせ、同時にふっと笑みをこぼした。
「テオ。私たちにとって、相手の命を狙うことは、相手が『今日も生きている』と確認する儀式のようなものですのよ」
「そうだ。殺意を失う時、それは相手への興味を失う時だ。……エルゼ、今夜の晩餐は私が用意させよう。もちろん、君が毒を見抜く楽しみを奪わない程度にな」
「あら、嬉しい。……お返しに、食後のお茶にはとっておきの『痺れ薬』を忍ばせて差し上げますわね」
エトワールが「にゃーん」と短く鳴き、テオの腕から飛び降りると、慣れ親しんだ絨毯の上で丸くなる。屋敷を満たすのは、冷たくて鋭利な、けれど嘘のない空気。
歪で、狂っていて、世界中の誰からも理解されない。
けれど、この四人にとっては、これが何よりも代えがたい「平和」の形なのだ。
「……ただいま、アルフォンス」
「ああ……おかえり、エルゼ」
窓の外では、銀色の月が静かに屋敷を照らしていた。
明日からはまた、いつも通りの、殺意に満ちた愛おしい日常が始まる。
まだ続くだろ?⠀⠀⠀⠀もういいわよ
⠀⠀⠀ᘛ⁐̤ᕐᐷ⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀(-_- )
「ところで、何を読んでいるんだ?」
「陛下と王妃様の、回顧録的な物よ」
「身の丈に合った恋でいいと思っていたのに、図書室で隣に座った下級貴族の彼が、私を幸せにするために世界を奪いに行くなんて聞いていませんでした。」
「それは私が棚から取り出しやすいように書いたやつ。本当は、覇王の恋と少女の祈りよ」
「副題は、毒のない花が咲く場所。か。何故だ? 妙に気に障る」
「いつもの気のせいでしょ」




