狂乱のメインディッシュ
狂気と熱狂が渦巻く晩餐会は、いよいよ逃げ場のないメインディッシュへ向かう事に。
給仕たちが恭しく銀の蓋を開けると、そこには宝石のように輝く真紅の肉料理が並べられた。しかし、その香りに混じるのは、食欲をそそる芳香ではなく、鼻を刺すような「魔力毒」の冷たい臭気。
「王子。この『真実の肉』には、当家特製の遅効性毒が仕込まれておりますわ」
私が冷ややかに告げると、信者たちが一斉に身を乗り出した。「ああ! 命の共有! なんという聖なる分かち合いだ!」と、不気味な唱名が会場に響く。
「ただし、王子。隣のレディと『完全に同時』に口に含み、魔力を同調させれば、毒素はたちまち中和され、至高の美味へと変わります。……一秒でもずれれば、お二人は揃って内臓を焼かれることになるでしょう」(最悪麻痺で済む)
アルフォンスが、砂時計をテーブルに置く。落ちゆく砂が、死へのカウントダウンを刻み始めた。
「……正気か。相手の咀嚼のタイミングを完全に予測しろというのか。そんな非合理な……」
ライナス王子の額に、初めて焦燥の汗が滲む。対面に座るカサンドラ様は、仮面の下で決死の表情を浮かべていた。彼女にとって、これは愛する人と鼓動を合わせるための「命懸けの契り」なのだ。
「王子、迷っている暇はありませんわ。……彼女を見なさい。彼女の喉の動き、胸の上下、フォークを持つ指のわずかな弛緩。それらすべてが、あなたの生存確率を上げる唯一の『変数』ですのよ」
ライナス王子は、計算尺を放り出した。もはや脳内の計算式だけでは間に合わない。彼は初めて、隣に座る女性の「生命の揺らぎ」そのものに、全神経を集中させた。
カサンドラ様が、意を決してフォークを口元へ運ぶ。
王子は彼女の視線の揺れから、その「決意」の瞬間をミリ秒単位で読み取った。
(今だ……!)
二人のフォークが、吸い込まれるように同時に口内へ消える。
二人の魔力が交差し、真紅の毒素が美しい純白の光へと浄化した。王子の冷徹な計算回路が、初めて「他者との共鳴」という未知の快感に塗り替えられる。
「……合った。数値ではない、もっと直感的な何かが……」
「ライナス様……!」
カサンドラ様が、仮面の下で感極まった声を漏らす。
「素晴らしい! 奇跡のシンクロニシティだ!」
信者たちは狂喜乱舞し、互いの毒入りの酒を飲み干し始めた。物陰では王妃様が「愛が……愛が毒を薬に変えたわ!」とハンカチを噛み締めて震えている。
(実際は、王子の生存本能が極限まで高まって、無理やり相手に合わせただけなのですが。しかし上手くいって良かった。覚えてる限りの今世紀最大の緊張だったわ)
アルフォンスが私の隣で、誰にも聞こえない声で毒づいた。
「……エルゼ。これで王子は、カサンドラを見ずにはいられない体に改造されたな。……生き残るために、な」
「ええ、アルフォンス様。……次は、その視線の先にある『素顔』を、絶望的なタイミングで突きつけてあげましょう」
互いの悪心が疼く。




