歪みきった愛の極地
王妃様が望む「ドラマチックな再会」を実現するため、私たちは歓迎会のディナーを「仮面舞踏会形式の晩餐」へと仕立て上げた。
ライナス王子には「当家の伝統」として仮面を強要し、対面に座る「ゲスト(カサンドラ様)」もまた、その素顔を隠している。王子にとっては「魔力伝導率の研究」に伴う演習に過ぎないが、カサンドラ様にとっては、王妃様から授けられた「愛を取り戻すための聖なる試練」に他ならない。
円卓を囲むのは、ライナス王子とカサンドラ様。そして私たちの「教え」を歪んだ形で信奉する聖殺愛教の貴族たち。彼れらは今か今かと「聖なる殺意」が炸裂する瞬間を待ち侘びている。
「では、王子。今宵のディナーは、単なる栄養摂取ではありませんわ。……『命を懸けた対話』の始まりです」
私が扇で合図を送った、その瞬間。
ライナス王子が最初の一皿——透き通ったコンソメスープにスプーンを入れようとした瞬間、天井から音もなくナイフが降り注いだ。
「……ッ!?」
王子は超人的な反射神経で回避するも、ナイフは無慈悲に皿を粉砕。即座に立ち上がろうとする王子の肩を、アルフォンスが力強く押し留める。
「座りなさい、王子。これは『予測』の訓練だ。周囲の魔力の揺らぎ、そして対面に座る『レディ』の視線の動きを読んでいれば、今の攻撃は容易に回避できたはず」
背後で、信者の貴族たちが一斉にすすり泣き、陶酔した声を上げた。
「ああ……なんという慈悲深い一撃! 相手の注意を自分に向けさせるための、究極の呼びかけだ!」
ライナス王子は仮面越しに、努めて冷静な声を発する。
「……なるほど。このレディの視線が、攻撃の起点を指し示しているという論理か。周囲の狂信者たちの異常な興奮状態さえ、情報のノイズとして処理する必要があるようだな」
対面に座るカサンドラ様は、震える手で仮面を押さえていた。彼女は王妃様から、こう指示されているのだ。
『いい、カサンドラ。愛する人の危機を、あなたの瞳で知らせるのです。言葉を使わず、魂で導く。それこそが聖夫婦の教えよ!』
(実際は、私たちが彼女の視線の先に罠を配置しているだけなのだけれど)
「次の皿が参りますわ。王子、今度は隣のレディの『吐息』を数値化しなさい。彼女が息を呑んだ瞬間、左から火炎魔法が放たれますわよ」
ライナス王子は、効率的に生き残るために、これまでの人生で一度も行わなかった「集中」を強いられる。それは、隣にいる女性の変化を、一秒たりとも逃さず注視し続けるという苦行。
「……不可解だ。彼女の瞳孔の開き、指先の震え。それらを追うことで、空間の危険を察知する精度が劇的に向上している」
回避の合間に、王子が呟く。彼にとって、それはまだ「合理的な索敵」に過ぎない。しかし、カサンドラ様にとっては違った。
(ああ……! ライナス様が、あんなに熱く私を見つめていらっしゃる! 私のわずかな動きさえ、一滴も零さずに掬い取ろうとしてくださるなんて……!)
「見て! お二人の魂が、死の恐怖の中で一つに溶け合っていくわ!」
信者の貴族たちが立ち上がり、熱狂的な拍手を送る。物陰では、信者に変装した心酔王妃様と陛下が、互いの手を優しく握りしめ合い、咽び泣いていた。
「見て、エドワード! 殺意の罠を潜り抜けるたびに、二人の視線が深く絡み合っていくわ! まさに『死線上のワルツ』……これこそが愛の奇跡よ!!」
(違う。彼はただ、自分の首が飛ぶのを防ぐために必死なだけ!!)
王妃様の理想、王子の合理性、そして姫の盲信。私たちはそれらを一つのテーブルに並べ、信者たちの不気味な聖歌が響く中、極上の「地獄のフルコース」を提供し続ける。




