愛の避暑
「……ようやく、あの五月蝿い聖歌が聞こえなくなったわ」
私は別荘に到着するなり、窮屈なコルセットを緩め、テーブルに毒針を並べた。窓の外には美しい湖が広がるが、今の私にはアルフォンスを沈めるための底なし沼にしか見えない。
「全くだ。……テオ、その毛玉をあっちへやれ。私のマントで爪を研ぐなと言っているだろう」
アルフォンスは、優雅に椅子に腰掛けつつ、袖口に隠した暗器の手入れを始める。その膝の上では、聖獣(猫)が「ふにゃ〜」と、殺気に満ちた空間を浄化するような気の抜けた声を上げていた。
「……無理だよ。この猫、アンタたちのドロドロしたオーラを吸わないと元気がなくなるみたいだし」
テオは、私たちが用意した特級の毒入り菓子を平然とつまみ食いしながら(彼はすでに摘み食いでなぜか耐性がある)冷めた目で私たちを見下ろした。
「それにしても、バカだよね。わざわざこんな『戦いやすそうな場所』を選んで。……見てよ、外。村人たちがアンタたちの『聖なる休息』を一目見ようと、遠巻きに集まってるよ」
「なんですって!?」
窓の外を見ると、別荘を囲む森の影に、近隣の村人たちが跪いて祈りを捧げている。
「……いいわ、アルフォンス。もう限界。せっかくの気晴らし旅行。ここは思う存分村人たちの前で、徹底的にやり合いましょう。この別荘を破壊するほどの魔法戦を見せれば、いくらなんでも『愛』だなんて言わせませんわ!」
「望むところだ、エルゼ。……テオ、巻き込まれたくなければ外へ出ていろ」
私たちは別荘の庭へ飛び出し、手加減なしの魔力衝突を開始した。
私の「業火の炎」が草木を焼き枯らそうとし、アルフォンスの「絶望の雷」が大地を裂く。
「死ねー!!!! アルフォンス!!!!(超絶入魂)」
「地獄へ落ちろーー! エルゼーー!!!!」という罵声が湖畔に響き渡り、土煙が舞い上がる。
しかし、ここで余計な仕事を始めたのが、テオの抱える聖獣だった。
聖獣が「にゃん!」と一鳴きするたびに、私たちの放った破壊の魔力が、キラキラとした「生命エネルギー」に変換されて周囲へ霧散していく。
私が焼き枯らそうとした草木は、魔力の奔流を吸って異常な速度で成長し、見たこともない大輪の美しい花を咲かせた。
(あら綺麗♪)
アルフォンスが大地を裂けば、そこから透き通るように清らかな湧水が溢れ出し、一瞬で肥沃な水路が完成する。(美しい♪)
「……おい、ガキ。その毛玉を黙らせろ!」
アルフォンスが叫ぶが、テオは呆れたように肩をすくめるだけだ。
「無理だって。アンタたちの殺意が強すぎるから、変換されるエネルギーも規格外なんだよ。見てよ。村人たちが腰を抜かしてるよ」
村人たちは、荒れ地が一瞬で極彩色の楽園へと変わる様を見て、歓喜の涙を流していた。
「おお……! 公爵夫妻が、荒れた大地を慈しみの魔力で癒していらっしゃる!」
「夫婦喧嘩のふりをして、実は土地を耕し、種を蒔き、恵みの雨を降らせているのだ! なんという、なんという豊穣の愛」
((違う、ただの全力の殺し合いよ!!))
「……ねえ、……もう諦めたら? 来年には『聖夫婦の楽園』として観光地化されるのがオチだよ」
私たちは、自分たちの全力の攻撃が「最高級の肥料」にされるという屈辱に震えながら、花が咲き乱れる庭の真ん中で立ち尽くすしかなかったのである。
ただし、溜まっていたストレスが吹き飛んだ。




