聖獣降臨
教祖として祭り上げられ、一挙手一投足に教典としての意味を付与される日々。そんなある日、養子のテオが、裏庭で一匹の薄汚れた「猫」を拾ってきた。
「……変な猫がいた。アンタたちに似て、目つきが最悪だったから連れてきたよ」
テオが差し出したのは、銀色の毛並みに、不気味なほど透き通った金色の瞳を持つ子猫。しかし、その猫は私たちが近づくやいなや、全身の毛を逆立て、シャーッと激しい威嚇を放ってくる。
(……あら。この小動物、アルフォンスと同じくらい可愛げがないわね)
私は、その猫の喉元に手を伸ばす。
隣ではアルフォンスが、「この獣を囮にして、エルゼを罠に嵌められないか」と冷酷な計算を巡らせ、鋭い視線を猫にぶつけている。
ところが。
私たちが猫を「威圧」していた瞬間、猫の額に第三の瞳が開き、屋敷全体が眩い聖なる光に包み込まれた。
「……えっ?」
光の中から現れたのは、教会の古文書にのみ記される伝説の聖獣『エトワール』
猫じゃなくて鳥じゃん……。
この獣は「世界で最も純粋で、最も偽りのない真実の愛を持つ夫婦の元にしか姿を見せない」とされる、歩く愛の判定機。
(またこうなの!?)
その騒ぎを聞きつけた王妃様が、聖歌隊を引き連れて(もはや常駐しているのかしら)雪崩れ込んできた。
「まあ……! まああああああ!! 聖獣エトワール! 伝説は真実でしたのね! お二人の愛が、ついに天界の守護獣を召喚してしまいましたわ!」
王妃様は跪き、涙ながらに猫(聖獣)を拝む。
聖獣は、私たち二人の間を悠然と歩き、交互にその脚に身体を擦り付けてくる(この二人、殺意が純粋すぎて不純物が一切ない! 最高の住処(苗床)だ!)
「見てください! 聖獣様がお二人の絆を認めていらっしゃる! 殺したいほど憎み合うという『殺愛的宣言』は、やはり偽りのない真実の愛だったのですわ!」
(違う、こんなの聖獣なんかじゃないわ。ただのヤバい怪物よ)
しかし、聖獣が居座ったことで、私たちの「教祖」としての地位は不動のものとなった。
私がアルフォンスの髪を毟ろうと手を伸ばせば、聖獣が喉を鳴らして光を放ち、「愛の毛づくろい」として解釈される。
アルフォンスが私に毒入りの茶を出そうとすれば、聖獣がその茶に尻尾を浸して浄化し、「聖なる癒しの雫」へと変えてしまう。
「……エルゼ。……この毛玉、殺してもいいか?」
アルフォンスが、聖獣に懐かれながら、地獄のような低音で呟く。
「……無理ですわ、アルフォンス。……聖獣を傷つければ、今度こそ神罰(共倒れ。お前だけ死ねばいいものを、私を巻き込むな)が降りますもの。……このまま、この毛玉と一緒に『愛の監獄』で腐っていきましょう」
私たちは、真実の愛の証明書(毛玉)を押し付けられ、もはや「仲が悪い」という言い訳すら通用しない、完璧な神話の一部に組み込まれてしまった……。




