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ただ互いに憎み合っていただけなのに、周囲が勝手に溺愛だと勘違いし、愛の権化のように崇拝されました。  作者: 逆立ちハムスター


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メナンドロスの申し子

王都の中央広場。テアトルム特設ステージの前には、国王夫妻を筆頭に、国中の貴族と市民が詰めかけていた。

結婚記念日の主役である私たちは、特別席に座らされ、冷や汗を流しながら幕が上がるのを待つ。


「……ねえ、アルフォンス。テオが用意した『劇』とやら、嫌な予感しかしないのだけれど」


「……落ち着け、エルゼ。あいつは賢い。自分の命だって惜しいはずだ。私たちの正体が露呈するような真似はしないはずだ。……おそらく」


ファンファーレが鳴り響き、祝祭劇が幕を開けた。

題名は――『氷と剣の抱擁:聖夫婦・真実の軌跡』


舞台上では、子役たちが私とアルフォンスを演じている。

だがその内容は、私たちの記憶にある「殺し合いの歴史」を、テオという天才的なフィルターで究極に美化した「狂気の感動作」であった。


例えば、私が初めて彼の飲み物に毒を仕込んだあの夜。

劇中では、「愛するがゆえ、相手が自分の愛に値する鋼の魂を持っているか試す、聖なる試練」として描かれていく。


「ああ、エルゼ! この毒さえも、君の情熱という名のスパイスだ!」

舞台上のアルフォンス役が、毒入りの杯を飲み干し、スポットライトの中で絶唱した。


「あなたより良い声してるわね」

「本物の毒じゃないからな」


さらに、私たちが互いの喉元に剣を突きつけ合った数々の夜。

それは「言葉では伝えきれない愛を、剣先の火花で語り合う魂の対話」として、優雅なワルツと共に表現されてしまう。


「……見てください、あの切ない剣の重なり。相手を傷つけぬよう、寸前で止める絶妙な力加減。あれこそが究極の慈しみですわ!」

客席で王妃様がハンカチを濡らし、嗚咽を漏らしていた。


((違う。あの時、本気で頸動脈を掻っ切るつもりだった))


クライマックスは、例の「聖遺物による入れ替わり」

テオはそれを「相手の苦しみを知るために、自らの魂を差し出した献身の奇跡」として演出し、最後は家族三人で手を取り合う「完璧な大団円」で幕を閉じる。


「アルフォンス、あなた喋ったの?」

「息抜きの強酒の時だろう」

「ゴミ」


「父上、母上。……僕には分かっているよ。アンタたちが、どれだけ『必死に』向き合ってきたか」


テオが舞台上から、私たちに向けて最高に皮肉な笑顔を向けた。

万雷の拍手。スタンディングオベーション。

広場は「愛の勝利」を称える歓喜の声に包まれ、私たちはもはや、指一本動かすことができない。


「……エルゼ。私は今、かつてないほどの屈辱を感じているよ」

アルフォンスが、笑顔の仮面を貼り付けたまま、震える声で囁く。


「……同感ですわ、アルフォンス様。自分の黒歴史を国中に美化されて晒されるのが、これほど苦しい拷問だとは思いませんでしたもの」


自らが生み出した「愛の伝説」という化け物に飲み込まれ、鳴り止まない拍手の中、私たちは永遠に「理想の夫婦」を演じ続ける刑に処されたのだ。


観客達が絶え間ない拍手喝采を送る中。舞台上の眩い光を避けるように、王妃様がそっと、隣に座る国王陛下の袖を引いている。

二人の間に流れる空気は、数日前までの凍てつくような事務的なそれではなく、どこか気恥ずかしさを孕んだ、柔らかなものに変わっていた。


「素晴らしい劇でしたわね……陛下。いえ……エドワード」


王妃様が、扇を閉じ、幾年ぶりにその名を口にした様子。

陛下は一瞬、弾かれたように肩を揺らしたが、やがてゆっくりと、愛おしそうに彼女の手を握り返している。


「……ああ、ソフィア。すまなかった。予は……君を失うことが怖くて、向き合うことから逃げていただけだった」


二人は、周囲の喧騒が耳に入らないほど、お互いの瞳をじっと見つめ合っている。

かつて若かりし頃、戦火の中で愛を誓い合ったあの日と同じ、熱い眼差し。

王の大きな手が、ソフィア王妃の頬に触れ、彼女は子供のようにその温もりに身を寄せていた。


「あの公爵夫妻が教えてくれたのですわね。戦うことさえ、愛の形なのだと。……私、これからはもっと、あなたにわがままを言おうと思いますわ」


「ああ。予も、君という最強の敵……いや、愛しき伴侶に、二度と背を向けず、戦うと誓おう」


二人の間に漂う、あまりにも純粋で、あまりにも「本物」の空気。

それとは対照的に、私たちの席には相変わらずドロドロとした殺意の霧が立ち込めていた。


「……エルゼ。見ろよ。……あちらは完全に『更生』してしまったぞ」

アルフォンスが、吐き捨てるように、だが完璧に優雅なポーズで囁く。


「……ええ。おめでたいことですわね、アルフォンス。……私たちの毒気が、あんなに綺麗な浄化作用を生むなんて。それより気安く話しかけないで、演劇が聞こえないでしょ」

「劇はもう終わったよ」


王室の「本物の愛」を再燃させた立役者として、私たちはまたしても、自分たちの首を絞めるような称賛の眼差しを浴び続けることになった。

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