黒幕の、お出迎え…
巡業の帰路、夕闇に包まれた街道で、私たちの馬車は「愛の伝説」を最も憎む男によって堰き止められた。
そこに立ちはだかったのは、王都の政敵であり、先のハニートラップと毒殺未遂の黒幕――モルガン侯爵。彼は、かつて愛した女性に凄惨な裏切りに遭い、愛という言葉そのものを呪う「愛の否定者」だった。
先の大戦で不動の騎士として名を馳せていた彼は、歳老いて尚、腕はまだ健在だった。実戦知らぬ若き護衛達を奇襲で落馬させ、次々と急所を打ち、軽々と気絶させてしまった。
「偽善はやめろ、公爵夫妻! 毒を飲み、石像になり、奇跡を起こすだと? 吐き気がする!」
モルガン侯爵は、私とアルフォンスに向けて、冷酷な剣の先を向けてくる。
「この世に不変の愛など存在しない。あるのは利害と、いつか背中を刺すための偽りの微笑みだけだ。お前たちのその仮面を、今ここで剥ぎ取ってやる!」
(あら。図星を突かれて、少しだけスカッとしたわ)
小窓から眺めるのをやめ、私は馬車から降り、冷ややかな一瞥を侯爵に投げる。
隣ではアルフォンスが、私の腰を抱き寄せる「いつものポーズ」を取りながら、剣を抜きました。
「侯爵。君の歪んだ劣等感に付き合うほど、私たちは暇ではないんだ。……エルゼ、下がっていなさい。君のドレスが、この男の汚い返り血で汚れてしまう」(この男の殺意は、私に向けられたものだ。お前は横取りせず黙って見ていろ。私の手柄にする)
「……いいえ、アルフォンス様。あなたを死なせるのは私の役目ですわ。……侯爵様、あなたのその悲鳴、私の耳には最高の音楽(子守唄)に聞こえそうですわね」(アルフォンスを殺す権利は私にある。お前ごときに、私の楽しみを奪わせないわよ。それとこいつの名声をあげる手助けなんかにされてたまるもんですか)
私たちは、腕の立つ侯爵を相手に、文字通りの「共闘」を開始。
アルフォンスの剣が閃き、私の隠し武器(針と毒扇)が闇を裂く。
私たちの動きは、互いの「殺そうとするタイミング」を熟知しているがゆえに、回避不可能なほど完璧な連携となっていた。
「なぜだ! なぜ、これほどまでにお互いの動きを予見できる!? 相手がどこに踏み込み、どこを守るか……まるですべてを見通しているではないか!」
侯爵は、私たちの「殺意に裏打ちされた連携」に圧倒され、ついに、ついに膝をつく。
私は、彼の喉元に鋭い扇の骨を突き立て、アルフォンスは彼の胸元に剣を突きつけた。
私たちは、息を切らし、互いの顔を至近距離で見つめ合う。
(……死ね、アルフォンス。今の連携、私の足を引きっかけようとしたわね?)
(……君こそ、エルゼ。私の背中に針を刺そうとしただろう?)
その、お互いの命を削り合うような「真剣すぎる視線」を、敗北した侯爵は勝手な脳内変換で解釈。
「……ああ……。そうか……。……愛とは、信じることではない。……相手に命を預け、命を狙い、それでもなお、隣に立ち続けるという……『覚悟』のことだったのか……」
侯爵の目から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
「私は、ただ裏切られることを恐れていただけだった。だが、お前たちは……殺されることすら恐れず、互いの魂に深く刻み合っている……。……負けだ。私の完敗だよ」
((……えっ、……ええええええ!?))
侯爵は、清々しい顔で剣を捨て、私たちの「深淵すぎる愛(殺意)」に救済を見出してしまっていた。
「ありがとう。お前たちの『壮絶な愛』のおかげで、私の凍りついた心も溶けた。これからは、お前たちの愛の守護者として、この命を捧げよう」
王妃様から派遣された追っ手の衛兵たちが到着したとき、そこには、跪いて私たちに忠誠を誓う侯爵と、それを引きつった笑顔で受け入れる「聖夫婦」の姿があったそうな。
「暗殺者さえも愛の光で改心させてしまうなんて! これぞ、真実の奇跡! 王妃様にすぐに報告せねば!!」
こうして私たちは、最強の「愛の否定者」さえも「熱狂的な信者」へと変えてしまい、二度と引き返せない神格化の坂道を、さらに転げ落ちていく。
「しかし王妃様って、見かけによらず抜け目ないのね」
「ああいう女性が最も怖いのさ」
「あら、そう?」
「ドジな君には慣れてきた」
「それ、墓穴よ」




