毒入りスープ♡♡
胃の腑を焼くような激痛と、指先まで痺れる毒の感覚。
私とアルフォンスが、互いに「先に倒れた方が敗北」という地獄の我慢比べを演じていた、その時。
「待ちなさーーーい!!」
広間の扉を蹴破らんばかりの勢いで、あの能天気な心酔王妃様が、武装した衛兵たちを従えて乱入してきた。
「この中に、お二人の尊い愛を汚そうとする不届き者がいますわ! 出なさい、卑劣な暗殺者!」
((……っ!!))
私は心臓が跳ね上がるのを感じた。
(しまっ……! 私がアルフォンスの食事に仕込もうとしていた、あの特製の下剤が見つかったの!?)
隣でアルフォンスも、珍しく目を見開いて硬直している。
(彼の方こそ、私の寝室に撒いた『発疹の出る粉』の件で、衛兵に追われているのではないかしら。都合が良い……いや、大騒ぎになれば面倒なだけ。なにしてくれたのよ、ドジクソカス)
私たちは同時に、己の罪の意識(殺意)にビクつき、思わず互いの手を握りしめた。
(アルフォンス、あなたの手が震えていますわよ! 早く白状しなさいな!)
(エルゼ、君こそ冷や汗が酷いぞ! 観念して牢に入るがいい!)
だが、王妃様が指差したのは、私たちではなく、震えながら隅に隠れていた一人の給仕だった。
「その者が、お二人のスープに猛毒を仕込みましたの! おお、おいたわしい公爵夫妻! 今すぐそのスープを捨て……えっ、もう召し上がられたの!?」
給仕は衛兵たちにねじ伏せられ、その懐からは本物の毒薬の瓶が転がり落ちた。
広間は騒然となり、来客達は絶望の悲鳴を上げる。
混乱の最中、衛兵の目を掻い潜り、部屋を出ていく一人の人物の姿。
顔はローブのフード深く被っていて見えなかった。あと、毒のせいで視界が霞んでいる。
「そんな! あんな猛毒を完食されたなんて、もうおしまいだ!」
しかし、肝心の私たちはといえば、捕らえられたのが「自分たちの嫌がらせ」ではなく「本物の暗殺者」だったことに、心底安堵していた。
「……なんだ。……私がお前のクローゼットに仕掛けた罠がバレたわけではなかったのか」
アルフォンスが、安堵の溜息と共に、毒で痺れた唇を動かす。
「……本当ですわ。……私の用意した『数日間声が出なくなる薬』も、まだ無事なようですわね」
私たちは、毒による苦痛と、安堵による脱力で、支え合うように深く寄り添った。
その、今にも倒れそうなほど憔悴した「愛の姿」を見た王妃様は、ハンカチを噛んで叫んだ。
「まあ……! 毒を盛られたと知ってもなお、お互いの身を案じて支え合うなんて! なんて強固な、死すら恐れぬ愛のかたち……! 全員、跪きなさい! これぞ、悪意すら跳ね除ける『真実の愛』の勝利ですわ!」
((違う、ただの自業自得な冷や汗よ!!))
毒を盛った給仕は、私たちが平然と完食したという事実に「化け物か……」と絶望しながら連行されていく。
そして、私たちは「毒すらも愛のスパイスとして消化する、不死身の聖夫婦」として、また一つ、望まない伝説を上書きしてしまったのである。




