ハニートラップ
私たちの「愛の彫像」が国宝に指定されてから数日。社交界の反対勢力は、この不自然なまでに完璧な絆を快く思っていなかった。彼らが送り込んできたのは、私たちの「聖夫婦」という仮面を引き剥がすための、二人の美しき刺客だった。
アルフォンスには、隣国の公女を装った絶世の美女、シレーヌ。
私には、憂いを含んだ瞳で女性を虜にする美青年、ジュリアン。
屋敷で開催された茶会で、その計画は実行に移される。
「公爵様、お疲れではありませんか? 常にエルゼ様を見守るそのお姿……あまりに献身的で、見ていて胸が痛みますわ」
シレーヌが、アルフォンスの腕にしなだれかかる。彼女の手には、理性を狂わせる微量の香油が塗られていた。
一方、私の前にはジュリアンが膝をついていた。
「エルゼ様。あなたのその気高い瞳に宿る『孤独』を、アルフォンス卿では成し得なかった癒し、僕なら癒せるかもしれない……」
(死ね、アルフォンス。隣の女の鼻の下が伸びているわよ。その隙に死なない程度に、首でも掻っ切られればいいのに。そしてトドメはこの私が。満足感を得て、すべてはその女の責任にできる)
私はジュリアンの差し出した手を見つめ、冷笑を浮かべる。
(それにしてもこの男、私の『獲物』であるアルフォンスを、随分と軽んじた口を利くじゃないの。私が葬るのにどれだけ苦労しているか)
すると隣で、アルフォンスがシレーヌを優雅に、だが鋼のような力で引き剥がした。
「……悪いが、私を癒せるのはエルゼの『冷徹な罵倒』だけだ。君のような温い言葉では、欠伸が出る」
アルフォンスはそのまま、私の肩を乱暴に引き寄せる。
ジュリアンに向けて、射殺さんばかりの鋭い視線を投げつけた。
「おい、そこの美青年。私の妻に許可なく触れるな。彼女を壊す権利を持っているのは、この世で私一人だけだ」(お前ごときがエルゼの殺意を横取りするな。彼女を絶望の淵に沈めるのは、私の悲願であり特権なんだ)
私もまた、シレーヌの喉元に扇を突きつけた。
「……あら、シレーヌ様。そんなに公爵様がよろしければ、差し上げてもよろしいのですよ? ……ただし、彼が寝ている間に、枕元で研がれる刃の音に耐えられる度胸がおありなら、ですが」(私の標的を始末する気がないなら色目を使わないで。彼を合法的に葬るための、私の長い年月を無下にする気かしら)
私たちが刺客たちを「別の意味での独占欲」で叩き潰すと、茶会の参加者たちは一斉に感涙に咽び泣いた。
「素晴らしいわ! 誘惑を跳ね除けるどころか、相手を『唯一無二の敵』として認め合う、究極の信頼関係!」
「『あなたを殺せるのは私だけ』だなんて、なんて情熱的な愛の誓いなの……!」
刺客たちは、私たちの放つ本物の「殺気」に腰を抜かし、逃げるように去っていった。
反対勢力の目論見は、皮肉にも私たちの絆(呪縛)をより強固なものとして喧伝する結果に終わったのだ。
「……エルゼ。さっきの美青年、君の好みの顔だったのかい?」
アルフォンスが、私の腰を不機嫌そうに強く抱きしめる。
「……さあ? ですが、少なくともあなたよりは、寝顔が可愛く大人しそうでしたわ」
「……光栄だね。君のその毒気に、誰も近づけさせないように、一生私が厳重に監視してあげよう」
私たちは、新たな「愛の伝説」を背負わされ、重苦しい夫婦の道を共に歩むしかなかった。




