愛の暗殺未遂
その日の夜。私はダイニングルームのドレッサーの前で、一本の小瓶を眺めていた。
中身は、飲むと三日間ほど猛烈な腹痛と顔の腫れに襲われる「醜態の薬」。死にはしないが、明日の夜会を欠席させるには十分だ。
「ふふ……あの輝くばかりの顔面を、ジャガイモのように腫らして差し上げますわ」
私は優雅に、彼が寝る前に必ず飲むワイングラスの縁に薬を塗った。
ところがその時、背後から「やあ、エルゼ」と声がした。心臓が跳ねた。
「……アルフォンス様。ノックくらいしてはいかが?」
「すまない、愛しい妻の顔が早く見たくなってね。おや、私のワインを用意してくれていたのかい? なんて献身的なんだ」
アルフォンスは、私の手からグラスを奪うように取ると、代わりに手に持っていた銀のトレイを差し出してきた。そこには、湯気を立てる特製のハーブティーが。
「君にはこれを。最近、眠れないと言っていたからね。私の特製ブレンドだ」
私は直感した。このお茶、確実に何か入っている。
彼が私に親切にする時は、十中八九、私を物理的に排除したい時だけだ。
「まあ、嬉しい。では……お互いの健康を祝して、乾杯しましょうか?」
「ああ、乾杯だ。愛しているよ、エルゼ」
「ええ、私もですわ」
私たちは同時に、毒(あるいは薬)入りの飲み物を口に運んだ。
――はずだった。
「……ッ、ごふっ!!」
「……うぐっ!!」
同時に襲いくる異変。
私のハーブティーには「超強力な下剤」が、彼のワインには私が仕込んだ「顔面腫張剤」が入っていた。
しかし、ここで倒れるわけにはいかない。先に苦しんだ方が「負け」なのだ。
私は、せり上がってくる胃の中の暴動を必死で抑え込み、震える唇で微笑んだ。
「……素晴らしい……お味ですわ。体が……熱くなってきました……(腸が爆発しそう)」
「それは……よかった。私も……なんだか……顔が……情熱で火照ってきたよ……(皮膚が引き裂けそうだ)」
その時だ。運悪く(あるいは計算通りに)、部屋の扉が勢いよく開いた。
入ってきたのは、私たちの不仲を心配して偵察に来た、アルフォンスの母・大公妃殿下と、社交界の重鎮たちだった。
「エルゼ、アルフォンス! 二人の仲が冷え切っているという噂を聞いて……って、まあ!」
大公妃が目にしたのは。
顔を真っ赤にして(薬の副作用)、涙目で(激痛のせい)、お互いの手を強く握り合い(倒れないための支え)、ガタガタと震えている(限界突破)夫婦の姿だった。
「アルフォンス様……(早くトイレに行かせろこの野郎!)」
「エルゼ……(この手を離したら顔が崩壊する、離すな!)」
重鎮たちは、感極まったようにハンカチを噛み締めた。
「なんと……! 手を取り合い、あまりの情熱に身を震わせ、言葉にならない愛を視線で交わしている!」
「先ほど、お互いの飲み物を捧げ合っていたのも見ましたぞ。これぞまさに、真実の愛の儀式……!」
大公妃が、扇で顔を覆いながら感動の声を上げる。
「ああ、なんてこと! あなたたち、義務だなんて言ってごめんなさい。こんなに激しく求め合っていたなんて……! すぐにこの様子を関係各所明日に知らせますわ!」
((やめろぉぉぉぉぉ!!))
私たちは心の中で絶叫したが、もはや声は出ない。
噂好きなのは、当然貴族も例外ではない。またたく間に広まってしまった。
「あの二人、部屋の扉が開いたのも気づかないほど、お互いの手を握りしめて震えていたんですって。なんて情熱的(狂気的)なのかしら!」という尾ひれがついて、今や社交界の注目の的。




