鏡の中のエルゼ
巡礼の帰路、馬車の中。私はアルフォンスの筋張った大きな手を眺めながら、溜息を吐いた。
一方、私の肉体に収まったアルフォンスは、手鏡を覗き込み、私の顔をまじまじと観察している。
「……ふん。エルゼ、君は毎日こんなに時間をかけて、顔に色粉を塗っていたのか。実に無駄な努力だ」
「アルフォンス、私の顔で鼻を鳴らすのはお辞めなさい。品性が疑われますわ。それに、それは無駄ではなく、あなたという猛毒から身を守るための『戦闘化粧 (ウォー・ペイント)』ですわ」
私は彼の低い声で言い返した。自分の声で罵倒されるのは、ひどく奇妙な気分だ。
すると、アルフォンスは鏡の中の「私」に向かって、ふっと妖艶な笑みを浮かべた。
「だが、認めざるを得ないな。この瞳の冷たさ、唇の形の傲慢さ……。こうして客観的に見ると、君は実に、私に殺されるに相応しい美貌を持っている」(この顔、腹が立つほど私好みだ。自分のもの(肉体)にしておくには惜しいほどに)
「……何を、気持ちの悪いことを。今すぐ鏡を置きなさい。自分の美しさに酔いしれるのは、私の特権ですわ」
私は思わず、彼の肉体(今の私)の腕を伸ばし、鏡を奪い取った。
鏡に映るのは、不敵な笑みを浮かべるアルフォンス――つまり、今の私。
「……あら。私の中身が入ると、この男も少しはマシな顔に見えますわね。この鋭い眼光、知性溢れる眉間の皺……。ああ、なんて素敵な私(アルフォンスの姿)」
私は、アルフォンスの広い胸板を自分で撫で回し、その筋肉の質感を確かめる。
「この腕力があれば、あなたを絞め殺すのも容易そうですわね。……ふふ、自分の肉体がこんなに頼もしいなんて」
「……エルゼ、私(自分の体)をそんな卑猥な手つきで触るな。鳥肌が立つ」
私たちは、お互いの肉体を「最高に使い勝手のいい道具」として、あるいは「最も憎たらしい鑑賞画」として愛で始めた。
殺意と自己愛が混ざり合い、馬車の中はもはや誰にも理解できない混沌とした空気に包まれていく。




