遺物の呪い(戒め)
忌々しい巡礼の旅もいよいよ終盤、その事故は唐突に起きた。
聖地の奥深くに安置された古の聖遺物「双子の涙」
観光がてら (それぞれ単独で) 触れる者の魂を浄化すると謳われるその石に、私たちは不運にも同時に指を触れてしまった。
視界が歪み、世界が反転した。
「……っ、何ですの、この異常な視界の高さは……?」
思わず漏れた自分の声の低さに、私は戦慄する。
喉に触れれば、そこにあるはずのない硬い喉仏の感触。
そして目の前には――「私の顔」をした人間が、信じられないほど下品に口を歪め、自分の胸元(私の体)を忌々しそうに見下ろしている。
「……おい、エルゼ。最悪だ。この体、コルセットのせいで呼吸すらままならないぞ」
「私の顔」から、アルフォンスの傲慢な口調が響き渡る。
「……アルフォンス。その汚らわしい手で私の体に触れるのはお辞めなさい。さもなくば、あなたのその『今の体(私の体)』ごと、崖から突き落として差し上げますわ。あら? 変だわ。私の大切な体……」
私たちは入れ替わった。理屈も慈悲もなく、魂が器を違えたのだ。
「……ふん、いいだろう。なるほど、公爵夫人というのは、これほど重いドレスを引き摺り、窮屈な布に身を焼いていたのか。これでは、日頃から殺意を研ぎ澄ませているのも納得だ」
「……黙りなさい。あなたのその無駄に筋肉質な体こそ、動くたびにどこかが何かにぶつかって不快極まりありません。それに何ですか、この常に腹を立てているような、荒々しい血流の速さは」
互いの肉体を検分し合い、嫌悪感に顔を歪める。
しかし、外には出発を待つ護衛たちの気配が迫っていた。
「……いいか、エルゼ。今の君は『アルフォンス公爵』だ。威厳を保ち、誰にも悟られるな。もし私の評判を落とすような真似をすれば……」
「……それはこちらのセリフですわ、アルフォンス。もし私の体で淑女にあるまじき振る舞いをしたら……その首を跳ね、私の肉体ごと丁寧に埋葬して差し上げますわ。いえ……私の体……えぇぇぇい!! ややこしい!!」
こうして私たちは、「自分自身を呪う」という究極の喜劇の舞台へ足を踏み入れる。
「……さあ、行こうか。『愛しい妻』よ」
「……ええ。『愛する夫』様」
「公爵(中身エルゼ)」が「夫人(中身アルフォンス)」の手を取り、馬車へと乗り込む。
その手には、互いの魂を握り潰さんばかりの憎しみが、みしりと音を立ててこもっていた。




