剥き出しの鼓動
ガイアードの背に跨り、テオは風を切り裂いて走る。
ふと視線を落とせば、そこには先ほどまでの「沈黙の楽園」はなかった。
獣たちは牙を剥き出しにして、生きるために互いの喉笛を狙い、争っている。
木の実を運ぶ鳥は、それを横取りしようとする同族を鋭い嘴で追い払う。
「……ははっ、酷いな。みんな、なんて必死なんだ」
テオの瞳に、ようやく生きた光が宿り始める。
奪い、争い、騙し合う。それは熾天使が「悪」として切り捨てたものだが、同時に、生者が生者であるために必要な「熱」そのものだった。
ガイアードが踏みしめる足元から、エトワールの遺した甘ったるい花々は枯れ落ち、代わりに地を這うような、強靭で不揃いな野草たちが芽吹いていく。
やがて、地平線の向こうから「世界樹」がその姿を現した。
それは、詩に歌われるような黄金の木ではなかった。
樹皮は幾重にも重なった老兵の傷跡のように無骨で、ねじくれ、天を掴もうと必死に枝を伸ばす、驚くほど「醜く、力強い」姿だった。
「……テオ、私の角にしっかり掴まっていなさい。ここからは、大地の脈動がお前の心臓を直接揺さぶるぞ」
ガイアードは速度を落とすどころか、さらに加速した。
そして、垂直にそびえ立つ世界樹の幹へと、重力という理を嘲笑うかのように飛び移る。
「わっ……!? う、うわああああッ!!」
凄まじい加速がテオを襲う。
視界が垂直になり、眼下には小さくなっていく地上の「偽りの平穏」が広がっている。
だが、テオの手は震えていなかった。ガイアードの放つ圧倒的な「生」の波動が、テオの臆病な心を焼き、鍛え直していく。
そして、ついに二人は世界樹の頂――微かな雲を突き抜け、世界の屋根へと辿り着いた。
そこから見えたのは、エトワールの光に抗い、至る所で「生」を取り戻そうと蠢き始めた自然の、逞しくも荒々しい姿だった。
「見てごらん、テオ。これが、奪い、奪われ、それでも明日を望む者たちの、真実の姿だ」
ガイアードが優しく、慈父のような眼差しでテオに微笑む。
テオは風に髪をなびかせ、眼下に広がる「不完全で愛おしい世界」を、奪われていた自分の感情を確かめるように、じっと見つめ返した。




